あの童実野市での大会から3日。
今日になって初めて、遊菓さんはショップに来た。溢れんばかりに落ち込みオーラを全開にして。
その落ち込みっぷりはもう見て分かる。土曜日なのに制服だ。
「なんで制服着てるんスか?」
「あぁ……間違えた」
普段はしっかりしてる遊菓さんが……それだけ山狗さんに負けたのがショックだったんだろう。
「別に山狗に負けたのがショックとかじゃないのよ?」
聞いてもないのにそう言い出す。気にしてる証拠だ……。
「それよりデュエルしましょうよ遊菓さんッ!」
そう私が振っても、
「うぅん……」
と返すだけ。まずい、欝病だ。
「まぁでも、遊菓ちゃんは勝ち続けて来たんだからさ」
店の奥、レジの向こうから店長が言った。
この店は私達くらいしかお客は居ないので、店長とは親しい。
「この辺で負けを知るのは大事な事だよ、何事も」
「……まぁ確かに、私は真剣勝負を知らなかったわ」
「大会も出てなかったっスからねぇ」
なにやら真面目な雰囲気だ。私は実に苦手である。
「……別に最強になりたいとか思ってるわけじゃないけどさ。
でも山狗には勝ちたい、今より強くなって」
「ならやる事は1つだね」
店長が立ち上がり、レジから出てくる。熊がプリントされたエプロンが可愛らしくて、笑いを誘う。
「これを持って他のショップに行ってごらん」
「……なんスかそれ?」
店長が遊菓さんに差し出したのは、1枚のカード。
遊菓さんとは因縁がありそうな、プラスチックのカードだ。
「これはこの店のデータが記入されているカード。通称SDCだ」
「ふーん……」
それを受け取った遊菓さん、裏返したりして興味無さ気に見ている。
「それはKC社から、デュエルモンスターズ公認店に認められると貰えるんだ。
そのSDCの使い方は簡単、他の公認店に行ってそれを見せるだけでいい」
「そうするとどうなるんスか?」
「SDCを見せる、それは即ちそのショップへの挑戦、という事なんだ」
「挑戦……! なんかいい響きっスね!」
「つまり殴り込みね」
目をキランと光らせる遊菓さん。殴り込み……って狂暴な。
「ま……まぁ、お願いする側だけどね。ちなみにSDCデュエルに勝てば、
KC社のホームページにある公認店のランキングに変動があるんだ」
「へぇ〜、そんなのがあるんですか」
「うん。地域別、週間、総合と日々ポイントに変化があるよ。
まぁウチは何もしてないから0ptだけどね」
へぇー、知らなかったなぁ。
デュエリストランク、とか言うのがあるとかないとかいう噂は聞いた事あるけど。
「あとSDCデュエルでは、相手のショップから代表者が出てくる」
「代表者……そのショップをホームにしてるデュエリストで、最強の奴ね」
「そう。強い相手と戦える、武者修業には丁度いいと思わないかい?
それにまだあるよ。負けた店は勝った店の傘下に入る事になるのさ。
SDCデュエルが盛んな地域じゃ、毎日のように勢力図が塗り変わるらしいよ」
「へぇ、おもしろそうっスね遊菓さん」
ふふん、と遊菓さんが鼻で笑い、立ち上がった。遊菓さんに闘志の炎が見える。
立ち上がった遊菓さんは今まで座っていた椅子に乗り、テーブルに片足を置く。
「面白いじゃない、やってやるわッ!!」
「遊菓さん、店内っスよ……」
4.再燃
SDCデュエル。ショップ対ショップの異種戦。
負けて失うのは評判。元よりお客の居ない私達の店には関係ないかな。
だけど勝てば「強いデュエリストが居る店」と話題になる。
話題になれば客も増え、売り上げがアップする、という具合だ。
「デュエルモンスターズ全体としても活気はよくなるかもね」
「そうですね、流石KCです」
上位ランクのショップが集まる大会もあるとか。隙がない。
「あぁ、アレっスよ」
と、シブ君が指差し言った。
3人で目指していたのは、駅前のカードショップ「プラネット」。
まずは何処に行くか、という話になった時、シブ君が提案した店だ。
「あ、公認店みたいね。シール貼ってあるわ」
自動ドア横のガラスにはKCのマークが書かれたシール。
そういえば私達のホーム、ショップMGにも同じのがあった気がする。
「さて、行くわよ」
先陣を切り遊菓さんが中へ。続いて私達も入る。
明るい店内、所狭しと並ぶカードに、賑わうデュエルスペース。
同じ土曜日、カードショップでも、MGとは違う……。
「レジは何処かしら」
「奥じゃないスか?」
カードだけでなく、色々オモチャも置いてある。でもメインはあくまでカード。
着いたレジにもパックの姿。ゴミ箱にも溢れんばかりの残骸だ。
「SDCデュエルをしに来たんだけど、店長さんは居るかしら」
遊菓さんはもう切り出していた。店長から貰ったSDCを差し出している。
「SDCデュエル……ウチとかい?」
「えぇ、代表者は今いる?」
少し戸惑うような素振りを見せた店員さん、でもすぐに誰かを呼ぶ。
「なんです?」
「SDCデュエルだよ。二丈さん、やってくれるかい?」
「へぇ……「マタタビ」に負けて以来、珍しいよ挑む店は」
そんな事を言うのは、二丈と呼ばれた女の人。遊菓さんと同い年くらいかな?
「それで、デュエルは受けてくれるのかしら」
「折角来てくれたんだしね、受けさせて貰うよ。さ、こっち」
デュエルスペースへと目指す彼女。なんだか強そうだ……。
「あ、そういえば遊菓さん」
「ん?」
「あれからデッキは変えたんですか?」
「あぁ、ちょっとね。山狗のデッキから少しだけ参考にしてみたわ」
ホルダーからデッキを取出しながら、遊菓さんはそう答えた。
クイーン山狗のデッキから参考に……一体どう変えたんだろう。
「さて、それじゃあ始めようかな。ところでアナタの名前、聞いてもいい?」
他の人は普通のテーブルでデュエル、でも二丈さんが向かい、止まったのは小型のSV付デュエルテーブル。
ホームにはない高級品、その向かいに遊菓さんが立ち、デッキを置く。
「遊菓よ、真中遊菓」
「私は二丈咲季、よろしく遊菓」
にこにこと口元の笑みが取れない人だ。優しそうな雰囲気を受ける。
「デュエル!!」
「私の先攻だね、ドロー」
「さて、何が出てくるか……」
二丈さん、強い事は間違いないだろう。けどデータは全くない。
ここは戸蘭市の隣の御世櫓市。市境にある駅近くの店だけれど、前の戸蘭市大会に彼女は出ていない。
加えて私もシブ君も知らない人。どんなデッキだろう……?
「んむ、良い手札かな。モンスターをセット、ターンを終了するよ」
二丈さんがカードを手元に置くと、中央の凹み部分に裏側守備の立体映像が現われる。
「私のターンね、ドロー!」
替わって遊菓さん。二丈さんとは違い、攻めれる立場だ。
「《魔力拳士 雲仙》召喚! 効果により魔力カウンターが1つ乗り、攻撃力アップッ!」
雲仙 ATK1400→1900
「へぇ……面白い」
「《雲仙》で攻撃ッ! 《ナイトメア・ゴーレム》撃破!」
「《ナイトメア・ゴーレム》の効果により、再び《ゴーレム》を特殊召喚ッ!」
「でも裏側守備表示で戦闘破壊されなきゃ、そいつの効果は発動しない。ナイトメアとはちょっと大袈裟ね。
私はリバースカードを1枚セットし、ターンを終了するわ!」
「はは、言えてるね。私のターン、ドロー」
早速《雲仙》で攻めに入った遊菓さん。
魔力カウンターを貯める為に耐える、その上で重要なモンスターだ。
「まーずは……っと。《グレープ・ロック》を攻撃表示で召喚するよッ!」
ブドウのような形をしたモンスター。でも色は紫じゃなく茶色。土の色だ。
「攻撃力400……嫌な感じね」
「ふふ、《雲仙》の効果を利用させて貰うよ。バトルフェイズ!
《グレープ・ロック》で《雲仙》に攻撃ッ!」
まさしく特攻。拳を構え応戦の気満々な雲仙に、突撃するブドウ岩。
勝負は一瞬、雲仙の一撃にグレープ・ロックはバラバラになった。
「《雲仙》の効果でダメージはその守備力の数値、つまり500だね」
二丈 LP4000→3500
「さらに《グレープ・ロック》が戦闘破壊された事により、効果が発動するよッ!
私のフィールドの岩石族、《ナイトメア・ゴーレム》を生け贄に捧げ、《小石トークン》を3体特殊召喚ッ!」
「トークンの特殊召喚……」
遊菓さんが呟き、私も気付いた。似てる、山狗さんとのあのデュエルに。
「《小石トークン》は全て守備表示で召喚。守備力は400だよ。
あとはリバースカードのセットをして……さ、遊菓のターン」
「……私のターン、ドロー!」
遊菓さん、緊張してる顔になった……。
「……トークンは生け贄用っスかね?」
隣のシブ君が口を開く。
「うーん……時間稼ぎってのもあると思うけど……。
少なくとも山狗さんはそのタイプだったし」
「どっちにしろ、残しとく理由は無いわッ! 手札よりフィールド魔法《マジック・ショップ 魔法の森支店》発動!
《ショップ》の効果を発動! ライフを500払い魔力カウンターを1個《雲仙》に移動させるッ!」
雲仙 ATK1900→2400
DEF500→300
「おぉ、強いね」
「さらにモンスター召喚、出でよ《スター・マジカライザー》! このカードの召喚は、
魔法カードの発動としても扱うわ! 《ショップ》に魔力カウンターを1つ乗せる!」
魔法の発動により、魔力カウンターが乗るカードは多い。
スター・マジカライザーの攻撃力は1400と低いけど、魔力カウンターを使うデッキでは頼りになる。
……って前に遊菓さんが言ってた。
「《ショップ》は自分のターンに1度しかカウンターの移動は出来ない。
このままバトルフェイズに入るわッ! 《スター・マジカライザー》でアタック!」
杖の先に、星を型取った魔石。そこから魔力の星が飛び出し、小石トークンを粉砕!した。
「次ッ! 《雲仙》で攻撃!」
「それは受け付けないよッ! カウンター罠《地下地震》発動!!」
フィールドが揺れる。雲仙があまりの揺れに耐え切れず、四足を地に着いた。
次の瞬間には地面が隆起し、砂煙と共に雲仙、そして1体の小石トークンは消えていた。
その壮絶な光景のすぐ横で、ショップの棚に必死にしがみつく店主のゴブリンの姿。
思わず吹き出してしまった。……細かいなぁバーチャルビジョン。
「《地下地震》は攻撃したモンスター、攻撃されたモンスターを破壊する罠。
さらに墓地から、レベル4以下の岩石族モンスターを特殊召喚する事ができる!」
グレープ・ロックが場に戻る。墓地であのモンスターが起こした地震だったのかな……。
「くッ……またあのブドウか……。リバースカードセット、ターンエンドよ」
二丈 LP3500 手札3枚
MM
M
F1 R
遊菓 LP3500 手札3枚
「ドロー! 行くよ本番! 手札を1枚捨て《魔導式自動鉄鉱人形‐オートマター・スズラン》召喚ッ!!」
薄紫のモヤみたいな煙。晴れて見えたのは、細身で白い鉄製人形。
「生け贄なしで攻撃力2200……!?」
「《オートマター》は戦闘時に、装備しているカードを破壊しなきゃならない。
でもこのカードの効果により、そのデメリットはなくなる!
装備魔法《魔導バッテリー》を《スズラン》に付けるよッ!」
宙に現われた大きな電池、それが鉄鉱人形の背に差さり込むと、スズランの目から紫の光が走った。
「《魔導バッテリー》は《オートマター》のバトルフェイズ中に発動した効果を無効にする装備魔法!
さぁ遊菓! 《スズラン》が私の相棒! こっからが本当の勝負だよッ!!」
指を差し、笑みのままそう宣言する二丈さん。
対する遊菓さんも得意の笑い方――――ふふンと鼻で笑い、応える。
「面白いじゃない、かかってきなさい!」
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