雲雀恭弥が自分の誕生日を特別な日だと認識したのは、そんなに昔の事ではない。
昔から群れる事を嫌う雲雀。それは両親だとて例外ではなく、そんな雲雀を両親はどこか敬遠にしていたように思った。
それを気にする雲雀ではなかったが。
雲雀の価値観が大きく変化したのは、小学二年の春。
自分より一回りも二回りも小さく幼い子供に出会ってからだ。
全く、あの小さな身体で息子に無関心な父の仕事先に殴り込みに行ったのには、さすがの雲雀でも驚いた。
いや、あれは殴り込みとは違ったかもしれないが。









五月五日、それが子供達や土日祝日休みの大人達の楽しみであるゴールデンウィーク、そしてこどもの日で己の誕生日だという事はちゃんと雲雀も把握している。
その他のプロフィールは忘れてしまったが、ひょっとしたら幼馴染の親子なら知っているかもしれない。
そして学校が休みであろうとそうでなかろうと基本的には町の見回りか応接室に居る雲雀は、今日が何日の休みなのかもすっかり忘れて、処理すべき書類を片付けていた。

「恭弥さん?いますか?」

ペンが動く音、紙が捲れる音しか響いていなかった応接室に、控えめなノックと遠慮がちな声が掛かったのは時計の針が天辺を回るか回らないか辺りだった。
その声に聞き覚えのある雲雀は書類に落としていた視線を上げる。

「ああ。綱吉、入ってくれば」

慌てている時や気が動転している時はノックもクソもなく飛び込んでくるくせに、どうしてこういう時には遠慮するのだろうか。
失礼しますと言いながら応接室に入ってくる雲雀の幼馴染の綱吉は、机に座る雲雀とその前に積まれた書類に眉をヒクリと顰める。

「恭弥さん!また風紀の仕事ですか!?今日、何の日だと思ってるんですか!!」

呆れたように目の前に立つ綱吉に、雲雀はクッち喉で笑う。

「五月五日、だね。君が来るまですっかり忘れていたよ」

「もぅ…。またですか?連休続きで今日が何日だか忘れるってどんだけですか」

「平日だろうと休日だろうと僕には関係ないからね」

「だからって忘れないで下さいよ。誕生日ですよ?楽しみにしてくれてたりとかも、ないんですか?」

ブスッと拗ねる綱吉に笑いながら首を横に振り、もっと近付くように促すとそのふわふわの髪を宥めるように撫でる。

「別に楽しみじゃない訳じゃない。ただ、誕生日に限らず君や奈々に会うのは楽しみなだけだよ」

何となくはぐらかされた感はあるが、こんな一言で上機嫌になってしまう自分を、綱吉は恨んだ。

「家にはチビ達がいるんで去年みたいに出来ないんですけど、母さんからプレゼントだって…」

去年までなら雲雀を家に呼んで、ささやかな誕生パーティーを開くのだが、家には現在居候しているチビ達がいる。
とりわけランボとの相性が悪そうな雲雀を家に招くのには躊躇いがあると綱吉は思う。
奈々がプレゼントといって綱吉に持たせたのは重箱に詰められた弁当。勿論綱吉も手伝ったが。
全体的には雲雀好みの和食。そしてハンバーグが入っている。
あと、綱吉には告げられなかったが、まだ親の庇護下にある綱吉を一日貸し出す。というのもプレゼントに含まれているのだ。
そんな奈々の意図を正確に汲み取った雲雀は綱吉にバレない様にニヤリと笑うと、こっそり奈々に親指を立てる。

おり良く明日も休み。このチャンス、逃すべからず。









このまま応接室にいても良かったが、せっかくなので雲雀の自宅に戻る事にした。
明日出来る書類は明日に回す事にした。
とにかく家に着いた綱吉は、早速奈々が持たせてくれた弁当を広げる。そして暖かい物も欲しいだろうと台所へ行ってしまった。
お腹が空いたなら先に食べてても良いと言われたが、何が楽しくて自分の誕生日に一人寂しく飯を食べねばならないのか。
そんな趣味のない雲雀は大人しくリビングで綱吉を待つ。
さほど待つこともなく綱吉は作りたてのご飯と味噌汁を持ってきた。

「あれ、待ってたんですか?先に食べちゃって良かったのに…」

「一人で食べても意味がないでしょ」

さっさとテーブルに皿などを並べれば、誕生日というより古き日本の食卓という感じがしたが、こちらの方が雲雀好みなので二人とも気にしなかった。

「ふぅん。炊き込みご飯かい」

「あ、ハイ。昨日のうちに準備してたんで。山菜とか…。どうですか?」

綱吉にとっては勝手知ったる雲雀の台所だ。
食に関しては綱吉と奈々によって充実している雲雀は、お茶を淹れる以外に滅多に台所に近寄らないため、バレない様に準備するのは案外簡単だ。

「ん、おいしいよ。また腕を上げたね。これならいつでも嫁にこれる」

「よっ!?冗談はやめて下さいよ〜!」

「冗談なんかじゃない。年齢さえクリアしてれば今すぐにでも籍を入れてる」

真顔での給う雲雀にタジタジになる綱吉。
というか雲雀であれば年齢関係なく役所で受理されそうだ。
本気でされそうなので言わないが。

「今日はそのまま泊って行くんだろ」

駄目と言われても無理矢理引き止めるが。
綱吉が泊るのに、実は準備は余り要らない。
幼い頃から行き来していたため、雲雀宅には綱吉の私物が溢れている。
明日の服装を気にしなければ手ぶらでも問題ないほどである。

「はい。恭弥さんが迷惑じゃないなら…」

僅かに赤くなった頬を隠すように頷き、食べ終わったのならデザートを用意したのだと台所へ引っ込んでしまった綱吉。
戻ってきた時には二人で食べるのに調度良さそうな大きさのレモンパイを抱えていた。

「普通ならショートケーキなんでしょうけど、レモンなら爽やかで恭弥さんでも大丈夫かなって思ったんですけど…」

「君がわざわざ作ったのかい?」

「ハイ。だってオレ、恭弥さんみたくバイクに乗れないからどこかに連れて行ってあげることも出来ませんし、オレのお小遣いで上げられる物なんて大した物じゃないですし…。結局、大した事は出来なかったんですけど…」

しょんぼりと気落ちしている綱吉に雲雀は首を横に振る。
元々、側にいて一緒に祝ってくれるだけで十分だった。

「大した事だとか、そんなの関係ない。君が一生懸命考えて僕の為にしてくれた事が大した事じゃないなんて、そんな訳あるか」

どんなに高価な物を貰うことに、綱吉が雲雀の為だけに、雲雀だけを想って考えて悩んだ時間が劣るというのか。
悩んだ時間が長ければ長いだけ、プレゼントの事を考える時間が多ければ多いだけ、それは想われているということだろう。
雲雀は沸き上がる衝動に逆らう事無く小さな身体を抱き寄せ、そのふっくらした唇を奪ったのだった。

「プレゼントには君も含まれているんだろ。覚悟するんだね、今夜は寝かさないよ」

細められた雲雀の瞳から隠しきれない情欲が感じられて、覚悟してきたとはいえ自分が酷く淫らになったような気がして、綱吉は小さく是、と答えるしかなかった。




仲良く二人で食べたレモンパイは、爽やかな酸味があるはずなのに、胸が温かくなるような甘みしか感じられなかった。


























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