永遠と瞬の声

□5.手足の手足
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 夜、あたしはぼんやりと宿舎の部屋の天井を見上げていた。今までどんなことがあろうとも眠れないなどということはなかったのだが、今日はやたらと目が冴え、眠気がやってくる気配はまだなかった。
 宿舎は四人部屋で二段ベットが二つと、定期報告用のパソコンが一台あるだけの簡素な部屋だった。寝るだけの生活習慣が部屋を簡素にしているのか、簡素な部屋が宿舎を寝るだけの場所にしてしまったのか、正直わからない。あたしは二段ベットに上段に、希は下段に収まった。希は休めているだろうか。のぞき込めば希の様子は窺えるだろうが、そこまでしようとは思わない。残りの二つのベットは、日付の変わったこの時間でも空のままだ。だが、同室者はいると聞いている。今日は夜勤なのかもしれない。何せ監視追跡課だ。二十四時間営業なのだからそう毎晩、部屋で休めるとは限らないのだろう。
「香澄?」
 囁くような声が、ベットの下段から聞こえた。あたしは天井を見上げたまま、同じように小声で答える。
「うん?」
「私、自分の会社のことなめてたわ」
「うん」
 あたしはただただうなずく。その一言に込められた真意を探りながら。
「あのブラックボックス、まだ持ってる?」
「うん。……簡単には解析した」
「そう」
 素っ気ない返事から詳細を聞こうとしていたわけではないことが窺える。ならば、話はもう一つのほうか。
「頑張れば、指令課にも戻れると思う」
 ブラックボックスは社に残るために、指令課に留まるための切り札のつもりだった。だが、それを出すことなくここまで来てしまった。
「香澄はどうしたい?」
「あたしは。あたしはここで挑戦してみようと思う。あたしね、shineの言葉が耳から離れないの」
 希は黙ったまま次の言葉を待っているようだった。あたしは考えを整理するようにゆっくりと言葉を紡ぎ出す。
「変えたいなら中から変えるしかないって。あたしはこの会社で変えたいところなんてなかった。でも、それはこの会社のことをちゃんと知らないからだって気付いたの。社員でも何でもない、あんな子供にも変えたいって思わせるこの会社の本当の姿を、あたしはちゃんと知りたいと思う」
 希の返事はなかった。寝てしまったのかと思い、下段をのぞき込もうと身を乗り出す。
 すぐそこに希の顔があった。希は身体を起こして、あたしのほうを見ていた。
「香澄……。私はね、怖いのよ。ここにいるということは、過去を知ってしまうということでもあると思うの」
「希?」
「私、記憶が戻ってないのよ。みんな、数週間から一ヶ月で戻ってるって風の噂で聞いて、気にしていないつもりだったけれど、心のどこかでずっと不安だった」
 初耳だった。希はいつだって自信を持っていたし、仕事に誇りを持っていた。そんな希が記憶がないままここにいたということが驚きだった。自分がそうであったように、この会社の技術力、研究レベルの高さに魅了されて留まっているものだとばかり思っていた。無論、それがないとはいわないが、それだけでもないのだろう。
「やっぱり、考えたこともなかったのね?」
 希が見透かしたように言う。あたしはただ小さくうなずく。皆、自分を基準に考えてしまいがちだが、そうならないように常日頃から気をつけていた。それなのに、そんな希も自分と同じだと決めつけてしまっていた。
「いいわ。私も香澄に付き合うわ。……なんてね。香澄が同じ道を歩いてくれるなら心強いから、つい、確認をしてしまったのよ」
 そういう希はいつも通りの頼もしい希に戻っていた。見たままの心情ではないだろうが、そう見せることのできる希にほっとして、あたしもまたこわばっていた表情を崩した。
「じゃあ、ブラックボックスは河野に託すことに……」
 言って、違和感を感じる。
 ここ最近、関わりのあった社員の中で抜きんでて出来がよかったのは河野だ。だが、何故そんな河野が一メンバに収まっていたのか。どうして、あの駄目な上司がいつまでも班長として在籍していたのか。この会社の人材把握力は半端ではない。能力だけでなく性格や嗜好、ありとあらゆる面を評価分析して適所に振り分けている。だから、河野が一研究員で、鼓が班長であるなんて、この会社ではありえないのだ。だが、現実にそういう状況にあった。ということは、それには何らかの意図があったということだ。
「どうしたの?」
 今度は希があたしを窺う。あたしは苦笑気味に首を振った。
「あたしも、この会社なめていたみたい。このブラックボックスは鼓に託すことにするわ」
「鼓?って、香澄に確認をお願いした実験をしていた班の班長?」
 あたしはうなずく。そして、二人について簡単に説明をする。希はさすがにすぐにおかしいと気付いたようだ。考え込むようにして、数十秒。
「それって、鼓は覆面だったってこと……?」
「おそらく、育成課のメンバだと思う。育成課って、紗和子の若年者教育のイメージが強くて失念していたんだけど、あそこ、高等教育班ってあったでしょ?あの駄目上司っぷり、教育課題の一つだったんじゃないかなって、今気付いちゃったのよね」
「あらら。香澄、評価引かれてるね、きっと」
「まぁ、今更、そんなことはいいんだけど」
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