白の衣 南天の実

□序章
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 緑に包まれた豊かな国があった。
 西の海は青く深く、東には険しい山々が連なる。山の向こうには、ひび割れた大地と砂漠が無限に広がる。北の森林には夜がなく、南の美しい川は三途の川と呼ばれ、人々に恐れられていた。川を越え南へ下った旅人たちは、誰一人として戻ってきてはいない。
 国の中心には大きな湖があった。
 どんな宝石よりも輝かしく、女性の涙よりも美しい、と謳われる湖水は、東の山脈から注がれたものだ。この水が湖の東に肥沃地帯を作り、民の多くがこの地に暮らすようになった。
 この国の名を常月(とこつき)という。
 かつて、大魔術師「月(つき)」が、民をまとめ、築き上げた国である。月王の即位からおよそ二千年の歳月が流れ、現在は宙(ちゅう)王の治世となっているが、月王の名を知らぬ者はない。
 初代国王「月」は優れた魔術師であった。その教えを受け、または月王をたたえ、敬い、この国には多くの魔術師が育った。中でも、「御三家」と呼ばれる家系は、建国当初から活躍している名門である。御三家はこの常月を守り、形作ってきた魔術師と言えるだろう。
 その一つが、肥沃地帯の北部に位置する、首都、北斗(ほくと)京を守護してきた青山(あおやま)家である。北部系魔術の代表格である氷花(ひょうか)系統青山を継承する。また一つは、街道開拓や整備に尽力してきた小春(こはる)家である。風夢(ふうむ)系統小春を継承する。残る一つは、肥沃地帯の南部、古都、南天(なんてん)京を守護してきた三ノ木(さんのき)家で、南部系魔術の代表である、流水(りゅうすい)系統三ノ木を継承する。
 つい先日、その三ノ木家での変事が伝えられた。まだ、ごくごく一部の人しか知らない。
 それは、かつて、たった一度だけ世に姿を現した「ケガレ」と呼ばれるもの。魔術師の証とも言える魔術の系統印を伝染し狂わせる恐ろしい病だ。
 南天京では三ノ木家の当主の逝去の報だけが伝えられていた。騒ぎになっていないところを見ると、すでにケガレは収束したのだろうか。
 三ノ木家の変事の子細が住民に伝えられるのはまだ、当分先のこととなる。

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