月の花の咲く夜に

□2-1.魔女の薬師たちの未来
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 国王暗殺未遂事件から半年。もめにもめたシェリーの処遇が決まった。
 この国がただの魔法のない弱い国でないことを伝えさせるために、シェリーは母国へと帰された。母国。それがどこなのか、誰も知らない。だからこそのこの処遇だ。ただ、帰されたのは伝えることだけが理由ではないのだろう。おそらく自分の心を慮ってのことだ。
『ティア。必ず迎えにくるわ』
 シェリーは帰国の前日、ティアの寝室に忍び込んできて枕元でそう告げた。
(シェリー。まだこの国のこと、あきらめていないの……?)
 ただ、この時のことは半年以上たった今でも殿下にも誰にも伝えることができずにいた。帰国の前日ということはシェリーはまだ囚われの身だったはずだ。それにも関わらずティアの元へと姿を現したということはシェリーにとってこの国の拘束などあってないようなものだったということだ。シェリーは実は捕まってなお、ティアのことはもちろん殿下も陛下も本当はどうにでもできたのではないだろうか。
 どんどんと怖い方へと想像が傾き、気持ちが沈む。
「どうした?」
 柔らかな声がティアを現実へと引き戻した。はっと顔を上げればルキウスが心配そうにティアの瞳を覗き込んでいた。その美しい濃紺の瞳とぶつかってティアの心臓が飛び跳ねる。
「わ、わ……。ご、ごめんなさい。大丈夫、です」
 今日は週に一度のルキウスとのお茶会の日だった。春の装いを見せてきた庭園で楽しくおしゃべりをしていたはずなのに、気づけば紅茶の水面をじっと見つめて一人で考え込んでしまっていた。
 シェリーの帰国はもう半年以上も前のことになる。それにも関わらず今になって思い出されるのはなぜだろうか。
「本当に?」
「――本当です。そ、その……今日があまりにも暖かなので少しぼうっとしてしまったみたいです」
 そんなティアの頬にルキウスがすっと手を伸ばし、それからつっと身を乗り出すとティアの瞼に優しくキスを落とした。
「あまり言い訳がうまくなるのは感心しないな。一緒にいるのに気がそぞろなのはわかっているよ」
「ごめんなさい」
「困ってることがあるなら何でも言ってくれ。その上で、何もして欲しくないならそう言えばいいから。本当は何でもしてあげたいけれど……」
 どこか泣きそうにも見えるルキウスにティアはさらに焦りを募らせる。ルキウスを悲しませたいわけではないのだ。少し考えた末に一言答える。
「あ、あの、ありがとう。何かあったら話すから。ちょっと気になることがあっただけで、困ってるとかじゃないの。だから、本当に、大丈夫」
 ルキウスはふと笑った。その表情が本当に優しくて、ティアはもうそれだけで胸がいっぱいだった。
 こうした二人っきりの時間はあまり長くは取れない。一杯の紅茶をゆっくりと飲み終えルキウスが立ち上がる。ティアもそれに倣って立ち上がり庭園の入口まで見送る。
 ルキウスはいつものように優しい瞳でティアを見つめ、そっと口づけを落とすと、なごり惜しそうにしつつも一歩離れた。
「ごちそうさま、ティア」
 一杯だけの紅茶はいつもティアが入れている。だからルキウスはいつも帰り際そう言う。それがティアには嬉しい。
「あまり無理はなされませんよう」
「ティアもね。――あぁ、それから、ティア。仕事の話があるんだ。あとで正式に呼び出すけれど、ラウドと二人、午後にでもこちらに来てもらえるかな」
「はい。こちらは特に急ぎの予定などありませんから」
「うん、なら頼むよ」
 柔らかな笑みを残してルキウスは戻って行った。ティアは別れを惜しむかのようにその背が消えてからもしばらくその場に立っていた。
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