月の花の咲く夜に

□*-2.聖殿
1ページ/8ページ

  *

 白の宮には、旅人の遺品を保管する宝物庫のほかに、旅人に祈りを捧げるための祈りの間、聖殿が作られていた。そこはいつでも王族の者が訪れることができるように整えられ、広い空間に祭壇があり、それと向かい合う形で低めの椅子が置かれている。今のところ、週に一度、陛下が殿下を伴って訪れるようになったくらいで他に来客はない。
 午前はこの聖殿の清掃が日課だった。そして午後は宝物庫で宝物整理と称して、ティアの目に留まるものがないかの確認をしてもらっている。
 今日の午前はティアには休みを与えた。代わりにティアと縁のあるベルという少女を借りてきて聖殿の清掃にあたる。
「ラウド様。これでよろしいでしょうか」
 ティアが清掃の出来栄えをラウドに確認する。
 ひそかにルキウスに「余計なひと言が多い」と称されていたベルであるが、半日見た限りではこれと言って気になるところはない。ただ、時々、辺りをきょろきょろとしているのは、ティアを探してだろうか。ラウドは半ば疑っていたのだが、ティアと親友だったという話は本当だったようだ。
「えぇ、いいでしょう。急なお願いになってしまい申し訳ありませんでしたね。戻っていただいて結構です」
「ありがとうございます。お疲れ様でした」
 掃除道具を片付け、テキパキと行動する。そして、白の宮を出ようとしたところでベルは足を止めた。
「あの」
「はい?」
「ティアは元気にやっていますか?」
「――えぇ、お元気ですよ。相変わらず、と言った方がよろしいかもしれませんが」
 答えるとベルはほっとした様子で息を吐いた。
「あの子、少し人見知りなので心配していたんです。でも、それならよかったです。では失礼します」
 人見知りと言えども、まだ白の宮にはラウドとティアの二人しかいない。その心配はこれから先のものになるだろう。
 一礼して歩き出したベルの背を見送りラウドは少し意地悪だったかなと考える。
 ティアが白の宮に来てそろそろ半月だ。ティアはともかくベルは敷地内といえどもそうそう自由に出歩けないわけであるから、少し会わせてあげても良かったかもしれない。ティアの様子を見る限り、ティアからあの同僚の元へも顔を出すということもしていないだろう。
 一階の大半を占めている聖殿を出て、二階にある執務室へと向かう。その途中でばったりとティアに出くわした。
「あ、ラウド様。その、今、聖殿に伺おうかと」
「聖殿の清掃は終わりましたよ」
「そうですか。ありがとうございます。あと、あの……」
「そんな焦らなくてもお聞きしますよ」
 言ってちらりと視線を時計に向ける。正午の二分前。つまり、ラブレターを書いて持ってきなさいと言っていた期限の二分前だ。だからティアは慌てていたのだと納得する。
「あの、すみません、ラウド様。その、どうしても書けなくて。もう一日待っていただけないでしょうか……?」
 それはラウドが予想していた通りの言葉だった。そのびくびくとした様子は初めてティアに引き合わされたときを思い出す。その時はこんな子をどうして、と思わずにいられなかったが、付き合ってみれば殿下がティアに惹かれたのもわからなくはない。あくまでもわからなくはない、といったレベルではあるが。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ