月の花の咲く夜に

□1-4. 花ひらく
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  *

 殿下が向かったのは宰相の部屋だった。途中で合流した兵士何人かとともにその部屋に乗り込む。
「なんと、気づいたか」
 少しだけ驚いた表情で、宰相は殿下を迎え入れた。その傍らには一人の少女の姿がある。
「記憶は上書かれるのではなかったのか、シェリー?」
 それは糾弾、というよりも冗談交じりの口調で、甘い声で言う。
「申し訳ありません。少々、ティアの知識を見誤っていたようです。てっきり、ティアは薬師になれるだけの才がなく下働きに入ったと思っておりましたので」
 多分に嫌味が含まれているのだろう。けれども、ティアはそれよりも冷たい口調で話すシェリーのほうに心臓を掴まれるような気持ちだった。
「シェリー」
「なれなれしく名前を呼ばないでちょうだい? 魔女がいなくて攻めやすい豊かな国、こんな都合のいい国が他にあって?」
 シェリーの言葉に宰相も頷き、その視線が殿下へと向けられる。
「殿下、私はちゃんと選択肢を用意していたのですよ?」
「選択肢?」
「私の娘との結婚ですよ。彼女に持ちかけられたのです。王の死で混乱している中に戦争を持ち込めばあっさりとこの国は落ちるだろう。確実な勝利のために、王の死を。けれども、協力者がいなくては厳しい。玉座と引き換えに、協力しないか。そう打診があったのだ。
 もちろん私はこの国が好きだからね。もし、私の娘と殿下が結婚するというのであれば、この話は蹴るつもりだった。攻めやすい攻める価値がある国だと思われているとわかった以上、対策を立てることはできる。けれども、殿下、あなたはあっさりとお断りになられた。私はそれを侮辱だと思った」
「それは国のためです。権力の偏りは国を乱す。けれども、そうですね、その話を持ちかけられた時点であなたの欲を見誤ったのは私の失態でした。しかし、もういいでしょう? こうしてあなたは捕えられた。早く陛下の解毒の方法を」
「知らないわ」
 答えたのはシェリーだった。殿下が眉をひそめる。
「だって、あの毒は失われた魔女の毒だもの。国に戻れば知っている人もいるかもしれないけれど、それまで持つわけがないでしょう?」
「――魔女の、毒」
 つぶやいて、はっとする。
 あれが魔女の毒であるというのなら、自分が、自分の家が力になれるかもしれない。けれどもそれがわかっていてなおティアは迷う。もう二度と陽の下を歩けないかもしれない。何より、殿下とは二度と顔を合わせられなくなる。
(そんなの、嫌。でも)
 陛下が命を落とせば、殿下は酷く悲しむだろう。そして、いくらシェリーを捕えたところで、戦争が防げるとは思えない。ならば、答えは決まっている。
「殿下。私を信じてくださいますか……?」
 勇気を振り絞って口を開く。改まったティアを殿下は怪訝そうに見遣る。
「私の家は、魔女の薬師でした。ですから、おそらく、解毒の方法も、わかると思います」
 沈黙が広がった。魔女の薬師。魔女に次ぐ、悪魔だ。固まった殿下を見て、ティアは、駄目か、と思った。その沈黙を破ったのは宰相だった。
「はっはっは、なんだ、やっぱり、魔女だったんじゃないか。私の目もなかなか大したものだ。本当に魔女だったとはな」
 その言葉に心臓が鷲掴みにされる。魔女。その言葉が自分に向けられていることに恐怖すら覚える。けれども否定はできない。一般の人にとって、魔女も魔女の薬師も同じだ。
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