永遠と瞬の声

□9.守りたかったもの
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「条件は三つ。一つは先ほど言った通り、世間をあっと言わせられる商品であること。二つ目は社内の極秘技術が使用されていないこと。三つ目、事後のメンテナンスが不要な独り立ちできる商品であること。期間は一週間。数は首都の人口の二人に一人が持てる数」
「それは生産数? それとも普及数?」
「普及数……はもう少し甘くてもいいけれど。普及目標としましょう」
 つぐみはふっと考え込んだ。同時にさまざまな場所へと連絡を飛ばし始める。
「条件にあてはまるのは二つ。これかこれ。私は前者がいいと思ってる。後者はメンテナンスしなくてもいけるけど、メンテナンスしていく形にしたほうが面白くなる」
 言いながら情報をあたしと希に配布する。一つは『よくのびーる』という適当な名前の新素材の開発で、クリーム状のその素材を全身に塗ることでありとあらゆる有害物質から身を守ってくれるという優れものだ。紫外線はもちろん、花粉やハウスダストなどのアレルギー物質、加えて擦り傷レベルの外傷までもを遮ってくれるという。もう一つは『デイ・クローン・ドール』と呼ばれている携帯人形で、連れて歩くとその日の生活の一部始終を記憶再現する多機能人形だ。
「どう?」
 希があたしに聞いた。
「いいと思う。つぐみが言った通り、前者でお願いするわ」
 最近急激に増えた工場地帯のせいで、有害物質というものに世間は過敏になってきていた。
「わかった。すぐに担当と細部を詰めてくる」
 そういって立ち上がろうとしたつぐみをあたしが止める。
「まだ何か」
「もう一つだけ」
 希もまた興味深そうに見ている。もともときちんと話し合って立てた計画ではない。最低限のラインは決まっているのでわかるがその他はお互い何を考えているのか知らない。
「その商品の開発過程を本にしてほしいの」
「はぁ」
 ぴんときたのは希で、つぐみは怪訝そうだ。
「研究書ではなく、ドキュメンタリーよ、もちろん」
「どのレベルで?」
 それは内容の濃さの話ではない。社内の情報をどこまで出していいのか、だ。
「極秘技術を使っていない研究でしょう? 『うちの社の』常識の範囲内で好きに書かせていいわ」
「わかりました」
「これは二日で原稿を用意して。こっちで確認が済んだら、商品の発売の翌日に出すわ」
 つぐみはうなずいた。来たときとは打って変わってやる気に満ちたいい顔をしている。これなら真奈にも及第点を貰えるだろう。つぐみが出て行ってから思わず言葉を漏らす。
「真奈はつぐみが危ういことに気づいてたのね」
「こっちが人を欲しがっていることもね。さすがだわ」
 これこそ協力というべきだろうか。会社を崩壊させかねないほど不満を抱えていたつぐみを使って逆に事態をいい方に転がす。不満を消し去りたい真奈たちと、指令課が欲しいあたしたちとで見事に利害が一致したのだ。

 そして一週間後。首都を取り巻く噂は一瞬にして入れ替わった。可南子と学にさせたのは商品の宣伝、前評判の流布だが、それらはあくまでもきっかけでしかなく、商品自身が話題となってくれた。社に対する悪いイメージはこれにより払拭することに成功し、また、滞っていた都の情報規制の体制もこれと同時に瓦解した。七不思議は単なる過去の記憶へとしまわれ、また変わらぬ日常が戻ってくる。
 だが、だからこそそしてあたしたちは悟る。今がベストだと。そして、これを黙認したshineからして最後の機会なのだと。
「希」
「香澄」
 奇遇にも言葉が重なった。お互い顔を見合わせ、そしてその視線がすっと奥の扉へと吸い寄せられる。
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