NOVEL
□《闇のkyrie》〜夜明けの名と共に〜
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「有難うって、さっきからそればっかり。それより僕は君が元気になってくれるほうが嬉しいな」
ひんやりとしたタオルをアスランの額へ乗せキラは微笑んでそう言った。
訪れてから何度目かの感謝の気持ちを述るアスランにキラは昨夜とは違った印象を覚える。
昨夜の彼はとてもトゲトゲしかったのだが、今の彼からは警戒心がまるで感じられない
熱のせいか潤いを帯びた瞳を揺らしながらまた有難うと桜色の唇から漏れた
「あの…」
「何?」
安心させるようにアスランの髪を撫でているとアスランはそっと瞳を閉じる。
互い優しく、のんびりとした口調。
「高校生、だったんだな…」
「うん、アスランは?高校生?」
「一応…」
「そう、ならちゃんと学校に連絡しなきゃね。あとでラクスに電話持ってこさせるよ」
それ以上アスランは何も聞かなかった。
だからキラも何も聞かない。
人には色々と触れて欲しくない部分だってあるのだから
「…なんか、こうされてると…安心する」
「そう?昨日はあんなに僕に触れられる事に嫌がってたのに?」
紡がれた言葉がなんだか可愛くて意地悪をしてみるとアスランはちょっと拗ねたように、やっぱり撫でてくれなくていいとぶっきらぼうに返してきた。
「可愛いね、アスランは。さて、そろそろ学校に行こうかな?」
「……行けばいいだろ。勝手に」
ふぃっと顔までも逸らしてしまう。
必然的に額に乗せてあったタオルがズレてしまい、キラは笑みを浮かべながらもそれを拾い上げ再び氷水につけた。
季節は冬だけあって暖房が効いてるといってもさすがに氷水は厳しい。
悴みそうになるのを耐え固くタオルを絞るとアスランの額へとやった。
「嘘だよ。もう少し居る。さっきから平気そうな素振りしてるけど、本当はとても辛いんでしょ?だからもう少し、僕に介抱させて?」
「君の気持ちは嬉しいが、俺は平気だから。それに遅刻は良くないんじゃないか?君の学校は規律に厳しいと聞くぞ?」
ずれるのを阻止する為にタオルを掴むとキラの方へと向き直る。
揺らぐ瞳に映るのは、金持ちばかりが通うと云われている名門校の制服姿のキラ。
なんともないという風に軽く笑顔を作ってみせるアスランにやれやれとキラは肩を竦めた。
「君じゃなくて、キラだよ。アスラン?」
汗ばむ額に張り付く髪を梳くように払ってから徐(おもむろ)に立ち上がると寝台のすぐ隣にある呼び鈴に手を掛ける。
するとすぐさまラクスがやってきた。
「あとは宜しくね」
「はい、お気をつけて」
「キラ…」
「何?アスラン?」
「有難う…」
「もうそれはいいよ。君はただ、行ってらっしゃいって言ってくれればいいの」
「行ってらっしゃい…」
「うん。行って来ます」
久しぶりに笑った気がする。
作り笑顔じゃなくて、心から。
昨日出逢ったばかりの人にこんなにも心を許せるのは何故なのか。
そんな事を胸に抱きながらキラはアスランに背を向けると部屋から出ていった。