NOVEL

□《闇のkyrie》〜夜明けの名と共に〜
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古びた様子もなく新築を思わせる郊外に建てられた邸宅

5月にもなれば色とりどりの薔薇が鮮やかに咲き誇り、その庭園でお茶を楽しめるようテラスまでが設けられている。


なんとも上流階級を思わせるそれは先代の趣味。
現在の当主は薔薇になど興味も無ければあまりこの別宅へ帰ることも少なかった。


そんな彼がここ数日は毎日帰ってくる


ある人の顔を見る為に





《闇のkyrie》
〜夜明けの名と共に〜



コツコツと静かな廊下に足音が響き渡る。
歩くたびにふんわりと揺れる薄桃色の髪に空色の瞳。
黒いワンピースに白いエプロンを清楚に着飾り、同じ服装の女性とすれ違い様に朝の挨拶を交わして行く。

凛々しく、そして気品を見せつけるような声に先ほどまで眠そうに突っ立っていた女中は姿勢を正すと礼儀正しく挨拶をしその桃色の少女を見送った。








トントン。
2階の一番奥の部屋の扉の前で立ち止まると少女は静かにノックをする。
返事はないがそれに構わず軽く断りを入れると室内へ侵入し真っ直ぐに窓側に足を進めた。

白いレースのカーテンを引き開けると淡い朝日が窓から差し込み、寝台の上で眠る男の濃紺の髪を照らしだす。

そう、この部屋は決して空き部屋ではないのだ。
窓を少し開けると冷たい風が二人の頬を撫で、また身震いを誘う


「久しぶりの晴天とはいえやはり寒いですわね…。早く春になって欲しいものですわ」


両開きの窓をパタンと音を立てて閉めると軽く寝台から声が漏れた。
その反応に寝台へ歩み寄ると睫を微かに振るわせているのが分かる。

身体が痛むのだろうか。
この男が此処に連れられて来られたときには足に深い傷を負っていて、しばらくは絶対安静だと医師に告げられた。

少女は励ましの気持ちを込めて床に膝をつき掌を優しく両手で包み込む。
途端その感触に意識を持っていかれたのか緩慢に男の双眸が開かれた。



「き、キミ…は?――ツッ」


翡翠の瞳に映る見知らぬ少女に慌てて上体を起こすがズキンと激痛が走り唇を噛みしめ声を押し殺す



(お、俺はいったい…?)



知らないのは人だけではない。
ふかふかの布団に西洋を思い出すような洒落たインテリアの家具。
どれも始めて見る光景に昨日の事を思い出そうと頭を押さえた。
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