Novel *7
□禁断の果実(ノンナル)
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一言で言えば、成歩堂龍一の印象は『甘いやつ』だ。
それは、アイツが漂わせている雰囲気もそうだし、言動や思考、何もかもが子供子供していて幼いのだ。
特に俺の元カノである『美柳ちなみ』と一緒にいる時は、チョコケーキにハチミツと砂糖と飴玉をまぶしたような、そんな感じになる。
「呑田さん、聞いて下さい。僕、ちいちゃんと手をつないで動物園に行ったんです」
その日もいきなり部屋に訪れてノロケだしたこの男を。
正直いって、俺は力いっぱい殴りたくなった。
「……おい」
研究結果が想定通りに出ないせいで、ここしばらく研究室にカンヅメ状態だったのだ。
やっとひと段落してレポートも仕上がりオンボロアパートに戻れたのは朝の6時。
「すごかったんですよ、猿とかライオンとか象とかたくさんいて、僕すごくどきどきしちゃいました」
それまではほとんど徹夜状態だったから、爆睡も爆睡。ほとんど死ぬような勢いで寝ていたというのに、龍一はおかまいなしにドンドンとドアを叩いて入り込み、恋人とのデートのノロケをウダウダおしゃべりし始めた。
「おい、龍一。お前、今何時だと思ってやがる」
「やだなー、呑田さん。いつまで寝巻き着てるんですか、何時って夜の8時ですよ。……もしかして、もう寝るとこだったんですか?」
「寝るところじゃねぇよ、寝てたんだ、俺は。研究室を出たの何時だと思ってやがる。あとで何でも話を聞いてやるから、今は寝かせてやってくれ」
龍一の頭をパシンと軽く叩き、俺は布団をひっつかんでベッドに横になる。
「じゃあな、起きるまで起こすなよ」
脳内が睡眠不足のせいでぼんやりとかすんでしまい何も考えられず、ズンと枕に頭を乗せて目を閉じる。
ただそれだけで、浮遊するような感覚が手足を満たして、眠りに落ちていくのを実感した。
「もー呑田さん、仕方のない人だなぁ」
仕方がねぇのはアンタの方だ。
文句を言いたくても口はもう自由に動かず、俺は龍一のぼやく声を子守唄に意識を手放した。
ふと、目が覚めたのはなぜだろう。
低血圧の俺にしては珍しくパチリと目を開き、室内を満たす暗闇を見回す。
喉が渇いているような気がして、ベッドヘッドにいつも置いてある水差しを取ろうとして上半身を起こした。
「ぅ……ん、……」
腹の上に何かがのっかかり、かすかな声が聞こえてギクリと身体が強張った。
中途半端に起こした体勢で重しを確認しようと、ベッドのライトをつけてみる。
「りゅう、いち?」
女すわりのカタチでぺたんと足を開いて座り、龍一がすがりつくように俺の腹の上で眠っていた。
いつものヘラと緩んだ顔つきで幸せそうに眠っている様子に、すわ幽霊か不審者かと少し緊張していた気持ちもゆったりとほぐれる。
「そういや来てたっけな、アンタ」
眠る前に龍一がちなみとのデート自慢していたことを思い出しながら、俺は寝癖をほぐすためにグシャと自分の髪をかき乱す。
はっきりした意識で聞いていなかったから詳細は覚えていないが、確か動物園に行ったとか何とか言っていたはずだ。
(……うるせぇんだよ、龍一)
元カノと龍一のデートの話なんて聞きたくもない。ノロケはよそでやってくれ。
そんな風に言っちまったら、龍一は「ごめんなさうあああん」といつもの勢いで泣き叫ぶだろうか。
それを想像して嗜虐心をあおられながらも、俺にはそうする勇気などない。
龍一は尊敬する先輩として俺を心から慕い、何かと相談したり愚痴ったりノロケたりする。
そんな可愛いコイツに意地悪なんてできるはずがない。その信頼を、打ち砕くことなんてできない。
「俺がアンタを好きだって言っちまったら、どうなるんだろうな」
元々は、あのちなみが選んだとは思えない平凡な男への、興味から始まった関係だった。
龍一がちなみのことを知りたいというから、俺が知るちなみのことを話してやって、そこから、どんどん親しくなっていった。
弁護士になるのだという似合わない夢に向かって努力し、趣味も遊びも後回しに必死に頑張る龍一。
いつからか、この子供じみた甘ちゃんに、ひどく惹かれる自分がいた。
俺と龍一の間には『美柳ちなみ』という存在がある。ソレがあるからこその、元彼今彼という関係だからだ。
だから、ちなみとのことを聞いてやるのは俺の役目であり、果たさなければいけない役目でもあるのだけれど。
「キツいんだよ、これでも」
龍一の口からちなみの名前が出るたびに、運命だとか好きだとか言われるたびに、腹の中にドロドロと醜い感情が蓄積されていく。
(アンタに惚れてるから、頭がヘンになりそうなんだよ)
龍一がちなみのことをノロケて自慢してとろけるような笑顔で笑いかける。
その笑顔に目を細めながらも、同時に気が狂いそうな嫉妬を感じて。
どうしようもないほど、湧き上がる愛おしさに胸が震えた。
「龍一……」
眠っていてもその髪のトガリは崩れない。俺は上半身を片手で支えたまま、もう片手をそっと伸ばして龍一の髪に触れる。
チクと刺さりそうな髪は、けれどとても柔らかくて皮膚になじむ。ゆっくりと頭を撫でてやるとそれが気持ちいいのか、龍一の寝顔が幸せそうにほころんだ。
「呑田、さ……」
名前を呼ばれ、思わず動きを止める。
気づかれないようにそっと下半身を抜き出して龍一の顔を覗き込んだが、その瞳が開く気配はなかった。
寝言なのかとほっと安堵し、呼吸すらひそめて龍一の寝顔を見つめた。
起きている時も子供子供しているヤツだけれど、眠っている時はもっと子供のように見える。
鼻で呼吸がしにくいのか、少しだけ口を開いて規則正しい息を繰り返す。当たり前のことだが、口から漏れる呼吸と一緒のリズムでその肩もゆったりと動き、龍一が生きているのだと実感する。
ほんの少し淡い肌色の頬を指先で優しくたどると、思いのほかしっとりと滑らかな感触があった。女のように化けたりしない分、肌が綺麗なのだろう。
手触りのいい柔らかな肌になんとなく苦笑しながら、指は飽きることなく頬の感触を堪能する。
「んだ、さん……ちいちゃんと、三人、……一緒に動物園……」
至近距離だからこそ聞こえた寝言に心臓がわしづかみにされるような絶望的な痛みを覚えた。
「行こう、ね……やくそ……」
俺とちなみと龍一の、三人。龍一にとっての幸せで理想的な三角関係。
コイツがそれを望む以上、俺としてはその役柄を演じ続けることしかできないのだ。
「だ……いすき……」
穏やかで幸せそうな寝顔を見つめながら、どうしてこうも泣きたくなるのか。
この笑顔を壊さないためにも、俺は龍一のために龍一の望む男でいる。
けれど。
それではあまりにも俺の恋心が憐れだから。
「龍一、好きだぜ」
コイツが眠る今だけだ、と俺は自身に許可を与え。
だらしない口元へ自らのソレをそっと押し当てた。
触れた粘膜は、どこまでも甘く。
――禁断の果実の味がした。
旧○○書によると、禁断の果実を食べたことによって「欲望」が生まれたとかなんとか。
眠っているところをキスしちゃった呑田さんも背徳や罪悪やそれゆえの甘美さなどを味わったことかと思います。
いやーやっぱりノンナル好きです。マイナーカプだとは知ってるんですけど、どうにも止められない。
呑田さんの口調は自分の妄想です。いやだって、原作ベースだとそれこそ少ししか会話が出てこないから、口調が分からないんだもん。
個人的には少しゴドさん口調をいまどき風に崩して〜などと考えておりますが、もし皆様の妄想外であれば申し訳ないです。
ぶっちゃけ、呑田さんとリュウちゃんの日常が書けて楽しかったです。
リュウちゃんがひどく幸せそうで。その分、呑田さんは生き地獄だったと思いますけど。
ノンナル好きですので、また機会があれば書きたいです。
それこそ、ノンナルベースでのゴドナルとか楽しそうだなと思いつつ。
(08/12/14)