Novel 37

□かなえられた望み

1ページ/1ページ






「何かかなえたいことはないのだろうか」

 御剣が唐突なのは今に始まったことじゃない。
 いつもコイツは自分の中でわけの分からない思考回路を通過したあげくにおかしなことを言い出すからだ。

 だからといって、久しぶりにデートして一緒の夕食をホテルで楽しんでいるこの場で、いきなり言い出すべきではないと思う。

「……あー、そういえば小さい頃のかなえたい夢はミラクル仮面になりたいだったなー」

 コースの最後に出てくるデザートを口に運びながら淡々と返す。
 御剣はワイングラスをタンとテーブルに戻すと、きつく眉を寄せて僕を睨んだ。

(おいおい、なんで僕が睨まれなきゃならないんだよ)

 内心で突っ込みながらデザートの甘さを消すために、グレープジュースで喉を潤す。

「誰もそんなことは聞いていないだろう、私は幼い頃の願望をたずねたつもりはない」

「あぁ、ゴメン。質問の意図が明確に見えなかったものだからね。問いかけが正しくなされないと解答も正しくなされない、それを端的に教えてあげたつもりなんだけど」

 にっこり笑って告げると、御剣の眉間の皺が一瞬だけ増えてすぐに消える。
 僕の言葉にむっと苛立ち、僕の笑顔にほだされたといったところか。

(ホント、お前ってば分かりにくいクセに、分かりやすいんだよな)

 実際、両極端すぎるのだ、このオトコは。変なところで煮つまったかと思えば、妙にすっぱりと割り切ったり。
 頭はいいくせに一般的な部分では疎いところもあったり。たいがいは器用にこなすくせに、手先だけは死ぬほど不器用だとか。

 そこが面白い――もとい、楽しいところなのだけれど、自己完結して一人でどうにかする主義は直して欲しい。
 放置していれば失踪するわ、つっこめば煮つまるわ、ぶっちゃけ手の打ちようがないオトコだ。

「今日は私の海外出張が間に挟んだため、一月ぶりの逢瀬となった」

「うん、そうだね。でもまぁ、毎晩電話をしてくれたものだから、そう久しぶりって感じはしないけどね。ていうか、逢瀬って……」

「耳で声を聞いてはいても、目で姿を見るのは久しぶりだ。そしてキミは多忙にもかかわらず、こうして私の呼び出しに付き合ってくれた」

「多忙ってイヤミかい、それ。そんなに忙しくないってのはお前だって知ってるクセに」

「チャチャを入れるな、成歩堂! 黙って話を聞くのだ」

 ヒトがせっかく丁寧にコメントしてやったってのに、御剣は不機嫌そうに口をへの字にすると、トントンと指先でテーブルを叩いた。
 僕はハイハイと小さく肩をすくめ、続きをうながした。

「それで、何だい?」

「……うム。考えてみれば、私は私の都合できみを振り回してばかりだ、会う時間も会う場所も、な。私が会いたいと口走れば、キミはそれに合わせてくれる」

「それは僕の方が時間に都合をつけやすいから合わせているだけであって、お前だって僕に合わせてくれたことが多々あるだろ」

 卑屈な言動が見え隠れし出したということは、極端思考であらせられる御剣検事サマはただいま、マイナス思考にあるというわけで。

 これ以上、深いところ一直線でベクトルを向けられたら大変なので、フォローすべくあわてて言葉を重ねた。

「いやいや、だから、それを言えばお互いサマだって。僕だって裁判を優先したりとかして、お前に迷惑かけたりもしてるし」

 な、と笑いかけると、御剣はワインを一息にあおり、うっすらと酔いの見える表情で僕を凝視した。

「それでも、要望を言うだけでなく言われたいと思うのは、私のわがままだろうか。成歩堂にかけられる迷惑ならば喜んで受け止めよう、むしろ頼ってくれるのならば嬉しい。だから、何かかなえてほしいことなど、ないだろうか?」

 ようやく最初の言葉につながり、知らず緊張していた肩の力を抜く。

「私にできることなら、何でもしてやりたいと……そう思っているのだ」

 要するに、ギブアンドテイクだけでなく、ギブギブしたいってわけだ。
 自分からミツグくんポジションを希望するだなんて、本当におかしなオトコだ。恋人からミツグくんだなんて、かなりの降格処分になるのに。

 そして、テイクばかりの僕ポジション、かなりワルではないだろうか。
 恋人同士だからいいものの、下手をしたら検事と弁護士の収賄というか癒着というかなんというか。

(いやいや、下手をしなくてもそう見られるって)

 自分で自分の考えにつっこみを入れ、僕はちらと御剣の様子をうかがった。
 何か要望してくるものだと期待してるらしく、その少し色の薄い瞳が期待にきらめいている。

 わくわくしたそんな顔をしていると、十数年前の子供の頃のコイツを思い出してしまった。

 髪型も口調も性格も、そのファッションセンスも、大して変動はない。
 父親のことを語る時、いつもこんな顔をしていた気がする。

「要望、ね……。いきなり言われると思いつかないものだね」

 僕のかなえたい望みは、とうの昔にお前によってかなえられたと言ったら、御剣はどう反応するだろうか。

 捏造とか色々と黒い噂がまとわりついていた若き天才検事。
 幼き日々の僕のあこがれ、大切だった友人。

 ずっとずっと御剣に会いたかった。その消息を知りたかった。
 新聞で消息を知ってからは、今度はその黒い噂を消し去ってやりたかった。

 ――望んだことは途中紆余曲折あったものの、御剣自身によって無事にかなえられたのだ。

(だからホントいいんだよ、お前には感謝してるんだから)

 それでもまぁせっかくだから、と、僕はささやかな望みを口にしてみせた。
 恋人の願いを、かなえるために。

 









ナルがちょっと意地悪なトークをかましたのが、個人的に楽しかったです!(いきなりそこか…。
個人的にナル腹黒説を持っているため、一番最初のテキトーにチャチャを入れるナルが楽しくて。
少しヘタれたみっちゃんも可愛いなぁと思いつつ、書いておりました。

相手のことを想って、その気持ちをかなえたくて、頑張るの好きです。
さて、一番望みをかなえられたのは誰でしょうね。
幼い頃のあこがれをかなえたナルか、恋人からささやかな願いを口にしてもらえたミツか。
なんにせよ、二人とも幸せですなv


(08/07/24)



[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ