Novel 37
□二つの
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「この間さ、なにげなくテレビを見ていたら、宗教っぽい番組に出くわしちゃったんだ」
就寝前、読書をする私の横で天井を見上げながら、成歩堂は少し笑いを含んだ声で言った。
「そこで詩が紹介されてたんだけど、なんだか知らないうちに涙が出ちゃってね。ちょっと驚いたよ」
「キミは自分で思うよりも感受性が強いからな。その詩になんらかの共感を抱いたのだろう。ちなみに、どういったものなのだ?」
我々は職業柄、記憶力には並大抵のものがある。
一言一句違わず、というわけではなくとも、大体の感じは覚えているだろうと、私は枕元に本を置いて視線を向けた。
「んー、随分前だからはっきり覚えてないんだけど。えーと、確か、……ある男がいて、今までの人生を振り返ったら、自分の足跡の隣にもう一つ足跡があるのを見つける」
「もう一つ?」
「そう、もう一つの足跡。それは男の信じる神様のものなんだけど、つらい時とか苦しい経験をした時は足跡が一つしかなくて、男は神様に尋ねるんだよ。どんな時も側にいるって言っていたのに、どうして自分がもっとも必要としている時に側にいてくれなかったのかってね」
私も成歩堂にならって仰向けになって枕に頭を預ける。
電気を消しても、と目線で問うとうなずき返してくれたので、ライトを絞って照明を落とした。
「そしたらね、神様はずっと側にいたって言うんだ。辛い時や苦しい時、足跡が一つしかないのは、自分があなたを背負っていたからだって。なんか、それを聞いて、僕、御剣のことを思い出したよ」
良い話だなと聞いていたらいきなり私の名前を言われ、どういう意味なのだと首をひねる。
たずねる前に自分で考えるべきだと思い、私は思考を揺らしながら天井を見つめた。
淡いオレンジ色が天井を照らしていて、段差が鮮やかな闇としてそこに浮かび上がる。そういえば四隅を順番に見れば金縛りに合うとか糸鋸刑事が言っていたなとなんとなく思い出した。
(『神』と『男』……この場合、私と成歩堂は、どちらがどちらの立場なのだろう)
私だったらと考え、多分、『神』のポジションは成歩堂だと思った。
私が弱かった時、もろかった時、彼はその強さで真っ直ぐに導いてくれた。
全てに絶望して逃げ出したあと、再び検事として舞い戻ることができたのは彼の存在があったからだ。
「御剣ならさ、たとえ『神』の立場でも、僕を背負い込むってできないだろうってね」
「……どういう意味だ」
言われた言葉に、ムッと眉を寄せて隣の顔を見る。
「んー、お前に力がないとか、そんな甲斐性ないってことじゃなくてさ」
彼は天井を見つめたまま、かすかに笑顔を浮かべて続けた。
「御剣ならきっと一歩先に立って、僕が自力で前に進むのを待ってるんじゃないかって思って。僕が僕一人で乗り越えられないのならもちろん肩を貸してくれるんだろうけど、きっと『キミの力はその程度だったのか』なんてハッパかけるんだろうなって思ったんだ」
返す言葉につまり、私は無言のまま目を閉ざした。
何と言えばいいのか、分からなかった。
依存するのではなく、寄りかかるばかりではなく、相手を理解して信頼する。
――きっとそれは、表面だけではなく内面をも理解し合うからこその。
「あれ? 寝ちゃった、御剣?」
返事がないのをそれと誤解し、成歩堂が身体を起こしてこちらをうかがう気配がした。
「……おやすみ」
小さな声でささやくと、成歩堂はかすかに付けていたライトを消した。
それでも私は言葉を見つけきれずにただじっとしていた。
正直なところ、感動のあまり身動きができなかった。
成歩堂の中における私のスタンスが、とても強い、ゆるぎないものだと実感して。
ただひたすら、嬉しかったのだ。
「なぁ、御剣」
身体の横に置いていた手に、温もりが触れる。
「多分どんな時でも、僕らの足跡は二つ、並んでるんだよ」
かすかに笑いを秘めた声。触れる柔らかな感触。
伝わってくるのは穏やかな安らぎで。
閉ざしたまぶたの裏に、寄り添うように残る、二つの足跡が思い浮かんだ。
宗教の話はアウトかもしれないんですけど、神様の話は友達から聞いたやつです。
私の勝手な想像では、なるほどくんは無神論者だと思います。
彼の周囲は不幸が多いし。かなしいことが多いし。
案外ミツの方が神様信じてそう…かな。