ゴドーさんに抱かれると、たいてい朦朧となって快楽に気が狂いそうになる。
促されるままに卑猥なことを口走って、彼の熱い楔を求めて、泣きじゃくるしかなくなるのだ。
『可愛いコネコちゃんは愛に死ぬのが一番だぜ』
なんて言うゴドーさんの背中に爪を立てて、意識が遠のくほどの絶頂を味わったわけなんだけれども。
(ゴドーさんは、満足してるのかな?)
なんて、隣で静かに眠る人には聞けない質問が胸をよぎる。
回数とか数えてみて、イった回数は僕はゴドーさんのちょうど倍くらい。
まだ挑もうとしたこの人に、体力の限界を訴えて後戯もほどほどにシーツの波間に沈んじゃったわけだけど。夜中に目が覚めてみれば、身体の後始末までしてくれちゃって、もうどうしたらいいのやら。
ゴドーさんは昔からかなりモテたみたいですごい経験地とテクニックがあるみたいだけど、僕は長いこと人間不信が恋人だったものだから、ぶっちゃけ恥ずかしい話かなり低レベル。
毎回彼の手によっていいように翻弄されるばかりで十分に応えることも出来ていない現状なのだ。
「……恋人、失格かな」
ゴドーさんの指一本が肌をたどるだけで。
ゴドーさんの唇が吸いつくだけで。
ゴドーさんの視線が見つめるだけで。
ゴドーさんの舌が舐めるだけで。
彼の手足や楔、あらゆるものが僕の快感を倍増していって、ほかの誰かとは決して味わえない法悦の海に導いていく。
なのに僕に出来ることはない。口でしようとしても、止められるし。自分からゴドーさんの肌に吸いついたら、笑ってかわされるし。されることをあるがまま受け取めるだけが、僕に出来る唯一のことで。
(セックスだけが全てってわけじゃないけどさ)
でも、不安になるのだ。世の中にカップルはごまんといるわけだけど、そのうちの何割かは『性の不一致』で別れるって聞いたこともある。
僕としてはゴドーさんとのそれは信じられないくらいの快感に満たされるから、カラダの相性はいいと思うんだけど。それはあくまで僕の主観であって。ゴドーさんは不満かもしれないし。
ぐるぐる、ぐるぐる。真夜中に目覚めた意識は、答えのない渦の中で同じことを繰り返す。
僕は起こさないように気をつけて、そっと横目でゴドーさんの横顔を見つめた。
光をしぼった青いライトの室内で、ゴドーさんの寝顔ははっきりと視界にうつる。
スラリ通った鼻筋に、閉じた瞳。
まつげが長いなと思っていたら、薄い唇が動いて僕の名前を呼んだ。
「りゅ、いち……」
僕を龍一と呼ぶのは、ベッドの中でだけ。日中はコネコとかまるほどうとか、そんな風に呼ぶから、夜だけの彼だけの特別な呼び方をされると条件反射で芯に痺れが走る。
繰り返し『龍一』と呼びながら激しい嵐のような強さで僕を求めてきた、つい数時間ほど前の時間を思い出して、じゅくりと身体の奥が甘い痺れを訴える。
寝顔をもっと堪能しようと、のそと身体の向きも変えて、ゴドーさんをじっと見つめた。
寝言をこぼしたあとは、寝息すらもらさずに眠っている。その様子がまるで生きていないようで、怖くなって、それでも見つめていると、かすかに、ん、と小さな息が聞こえた。
それにほっと安堵して、息を吐く。
セックスだとか、そういうのだけでなく、ゴドーさんを好きだと実感するのはこういう時だ。この人はただの寝息一つで僕を簡単に不安にさせて安心もさせてくれるから。
「好きですよ、……荘龍さん」
起こさないように気をつけて、そっと身体をすり寄せる。柔らかそうな(実際柔らかかった)耳たぶに唇を触れて、直接脳まで伝わればいいと想いを告げる。
お布団の中の力ない指に自分のそれをからめて、伝わってくる体温にうっとりと笑みを浮かべて、まぁいいか、と思った。
(ゴドーさんが内心、僕とのエッチを不満に思ってても、僕は十分満足してるから別にいいかな)
僕はゴドーさんのすこやかな寝顔につられて大きくあくびをすると、ゆっくりと目をつぶって眠りの世界に旅立った。
成歩堂を抱くと、たいてい我を忘れて意識が吹き飛び、ケダモノになってしまう。
本能のままに愛し虐げ、コイツの求める声を聞き、荒々しく食らい尽くすしかなくなるのだ。
『ゴドーさん、やっ、もっと、もっと奥まで……ひっ、あっ』
なんて爪を立てる成歩堂の身体をとらえて、めくるめく極楽を堪能したわけだが。
(まるほどうは、後悔していないか?)
などと、隣で静かに眠るコネコには聞けない質問が胸をよぎる。
受け入れる側には負担が重過ぎるからと基本的に成歩堂の快楽優先で楽しむセックスは、それでも淡白なコイツには刺激が強すぎるようでいつも気を失う勢いで眠りに落ちる。理性のカケラもない情交で身体をつなぎ、苦痛だってあるだろうに受け入れる成歩堂が愛しすぎて暴走したあとは、ほとんどそのパターンだ。意識を失ってぐったりとした身体を清めながら、もう一度食いかけるなんて自分でも末期だと思う。
成歩堂はあまりこういうことには慣れていないのか仕草の一つ一つがウブで。正直、処女性だとか他人の手垢だとかどうでもいいと思っていたのに、コネコの初々しい視線一つで簡単に暴走する己に気づいた。
「……なぁ、俺でいいのか?」
過去には色々な女と遊び、コイツが知ったら裸足で逃げるような淫らなことを楽しんだというのに、子供のような手探りの恋愛をしている。俺の方から触れて愛するのはまだかまわない、自分の好きなように愛撫して反応を楽しむことができる。だが、成歩堂の方から触れてくるのはキツい。それで快感はもちろん感情まで極まって苦しくなり、セックスを覚えたばかりのガキのように際限なく暴走してしまうからだ。
(まっさらなアンタを汚しちゃいそうだぜ)
たまに、ひどく不安になる。成歩堂が悲鳴をあげるまで求めてしまう自分が、どれほどコイツにまいっているか俺自身が一番知っている。
失ってしまえば狂いそうなほど、身体だけじゃなく心も愛している。なのにいつも限界まで求めて愛して貫いて、いつか抱き潰しそうで怖くなる。何も知らない成歩堂が淫靡な動きを見せるだけで眩暈がする。教えたのは俺だというのに、たやすく煽られ。
そして、エンドレス。
思考がぐだぐだと迷宮に足を踏み入れるのが分かって、俺は深い息を吐いてそれを中断した。
カーテンの向こうで朝の早い鳥が鳴いている。隙間から漏れる朝日の筋を受けて、うっすらと成歩堂の寝顔が見えた。
多少不自由な視力であっても、同じベッドという至近距離であれば恋人の顔をはっきり確認できる。
少しあごをしゃくるせいで仰向いた顔。意思の強い瞳を閉じているせいで、印象がまるで違う。案外幼い顔立ちだなと思っていたら、少し開いた唇から声が漏れた。
「そ、りゅ……さん」
俺を荘龍と呼ぶのは、ベッドの中でだけ。日中は周囲の目を意識してかゴドーさんとしか呼ばないコイツは、夜の絶頂の瞬間だけ特別だと言わんばかりに俺の名を口走る。
繰り返し『荘龍』と呼びながら泣いて俺を欲しがった、昨夜の濃密な時間を思い出して、朝の生理現象から性欲へと身体が反応を示す。
「無防備なコネコちゃん、襲っちゃうぜ」
体重をかけないように気をつけて、成歩堂の身体の上にのしかかって四つ這いになる。
どうせあと数十分もすれば起こさなければならない時間なのだ、少しばかり早起きして有意義に使ってもかまわないだろう。そんな考えで獲物へと牙を向けると、成歩堂はもう一度俺の名前をつぶやき、へにゃりと顔を崩した。
それがあまりにも無防備で、安心しきったような顔つきで。
ひどく、幸福そうだったから。
牙をあっけなく引き抜かれたケダモノは側に寄り添うだけしかできなくなる。
「愛してるぜ、……龍一」
子供のような顔をしやがる恋人に、子供のような触れるだけのキスを落とし、あとで覚えてろよと俺はその横に寝転がった。
(アンタが内心俺とのことを後悔していても手放すつもりはねぇ。それこそ、死ぬまで、な)
いつもの起床時間まであと数十分。寝起きのコネコちゃんへ襲いかかる受難を思い、俺はニヤリと舌なめずりをした。
end