「どうしたんだい、コイツは」
応接セットの上には、シロとクロのチェスの駒。
法律事務所には関係のないものがテーブルにちらばり、小さな存在を主張している。
「商店街のくじ引きで当たったんです」
おもちゃのような駒をばらまいたまま、成歩堂は唇を尖らせて説明書を睨む。
どうやらルールを知らないらしく、簡単な説明が記されているソレを隅々までチェックしているようだった。
「ルールなら俺が教えてやるぜ」
「んー、ルールはだいたい分かったんですけど。倒す方法が、載ってないんですよ」
見上げてくる表情は少しばかり幼く、なんとなく笑い返しながら何がだいと問う。
「御剣のところにあったチェス、青の駒が四面楚歌になっていたんです。周り中を赤いのに囲まれちゃって、いつ行ってもそんな感じのまま放置されてるのが可哀想で」
どうにかして赤いのをやっつける方法がないか、確認しているんです。
無邪気な笑みを浮かべる成歩堂に対して、俺の笑みはこわばる。
(赤の駒に囲まれた、青の駒だと?)
くだんの幼なじみがコネコにどういう感情を抱いているかは、想われ人以外のほとんどが知っている。真っ直ぐに慕うこの弁護士にずいぶんと長い間告げられない想いを抱き続けているのだ。
おそらくは、青の駒の意味するところは成歩堂。それを取り囲む赤の駒は――。
その駒に隠された意図を悟り、俺はマスクの下できつく眉を寄せた。
「……まるほどう、いい手を教えてやる。緑の駒を用意して、青いソレの隣に置いて赤い糸で固く結びつけるんだ。それだけで、赤の駒は諸手を挙げて降参しちゃうだろうよ」
「え? でも、違う駒を乱入させちゃってもいいんですか?」
「一つの事柄に囚われていると全体の真実を見落としちゃうぜ、まるほどう。トランプにはストーカーのように悪質かつ意地の悪いジョーカーがつきまとうものだ。同じように、チェスにも第三の緑の駒が必要なのさ。青の駒を愛し守るためのな」
よく分からないけど分かりました、と小さく言って成歩堂は机に散らばった駒を片付け始める。
(まるほどうが細工をした時のひらひらボーヤの悔しがる顔が見物だぜ)
うまく成歩堂を誘導することが出来た俺は満足の笑みを浮かべてその様子を見守る。
専用のケースに色を分けてしまい込みながら、あっとこぼし、成歩堂は俺を見上げふわと口元をほころばせた。
子供のように目を輝かせて笑いかける表情に戸惑いながら、コーヒー片手に俺はどうしたのかとマスクの下で片眉を上げる。
「青い駒と緑の駒って、ソレ、僕とゴドーさんみたいですね。赤い糸で結ばれてて。偶然でしょうけど、なんだか嬉しいな。ね、ゴドーさん」
どうしてそこに気付けて、赤い駒のことに気付けないのか。
頬をほんのりと淡く染めて笑う小悪魔のせいで、マスクがショートして煙を吐き出す。じわりと顔に血がのぼるのを自覚し、俺はやれやれと息を吐き出した。
「チェックメイト。俺の負けだぜ、まるほどう」
「え? 負けって何がですか、ゴドーさ」
無邪気に小首をかしげる成歩堂の頬に祝福のキスを落とし、俺は目尻に皺を寄せて小さく笑った。
「ちょ、え? えぇ? い、今の何」
「……クッ、初心で純情なコネコちゃん、嫌いじゃないぜ。さぁ、さっさとひらひらボーヤのトコロから青の駒を助けてきな。その後は食事にでも行くとするか、今夜は可愛いアンタにディナーでも奢っちゃうぜ」
初心で純情って何ですか、と涙目になって睨む成歩堂の肩を抱き行こうと促す。
このコネコにはきっといつまで経っても勝てねぇんだろうな、と、改めて自覚しながら。
end