Novel 57

□あふれるなみだ

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「僕は誰でもないゴドーさんのことを思って注意しているんですよ。お互いに決めたルールを守れないのであれば、もう知りません」

 きっぱりと言い切った成歩堂に、俺は返す言葉につまって頭をかいた。

(確かに、この件に関しちゃ俺が悪いが、な)

 コーヒーばかりを口にするのは身体に悪いからと、一日に飲む量を取り決めしたのだが、守れたのは最初の数日のみ。
 リミットの倍以上の闇を飲み干す俺に、とうとう成歩堂がキレちまったわけだ。

「悪かったな、まるほどう。次からは注意する」

「それ、昨日も言いましたよ」

「今度こそは本気だ。大切なコネコちゃんと、指きって約束しちゃうぜ」

「それも昨日しました」

 取りつく島もないというのはこのことで、何を言っても冷たくあしらわれ、俺はすねた風を装ってドサリとソファに腰を下ろした。

 胸の前で腕組みした成歩堂はチラリと横目で俺を見るも、わなわなと震える唇からは許すの一言はない。

(これだけはとっておきだったんだが、な……)

 俺は大きく息を吸い込むと、喉の声帯をコントロールして声を出した。

「そんな風に意地悪すると泣いちゃうぜ、……『ごめんなさうあああああん!!』」

 成歩堂はぎょっと目をむくと、すぐにソレが『誰の』モノマネなのかに気づき、かっと頬を赤らめた。

「なっ、そ、それって……っ」

「公判記録の映像を見せてもらったんだ。大のオトナが枯れんとばかりに泣き叫ぶのはなかなか面白かったぜ」

 真っ赤な顔で成歩堂は俺を睨むと、ふてくされたようにプイと顔を背けた。
 子供っぽいそんな仕草があっても、あんな風に顔をクシャクシャにして泣き喚いた男と同じ人物とは思えない。

 体格や髪型が同じであっても内面が大きく変わってしまったからだろう。
 あの大学の事件から弁護士になるまでの間に何があったのか気になるが、今の成歩堂をかけがえなく愛している俺としては過程よりも結果重視で、別段訊ねたことはないし訊ねるつもりもない。

「あの映像を、見たんですか……。あぁ、そうですよね、見たって話でしたね」

 ポツンと、声が落ちる。先程まで真っ赤になっていた成歩堂は、少しだけ寂しげな表情で口元に笑みを浮かべた。

「僕、ずっとアナタに言わなければと思っていたんです。償わなければ、ならないと。ちぃちゃ……美柳ちなみのしたことを、僕のしたことを」

 成歩堂はソファの後ろに回ると、俺を振り向かせないよう肩を固定させて頭を腕に抱きしめた。
 目の前に回ってきた腕にマスクをさえぎられて、視界が闇に満たされる。けれどもコネコの優しい温もりが伝わってくるから、恐怖心や恐慌は沸いてこない。

「アナタから時間を奪って、目も髪も奪った。好きなことを好きに楽しむ身体まで奪った挙句に、千尋、さんまで……」

 腕が力なく垂れて俺の首元まで落ちる。それと共に首の後ろに皮膚が当たる感触がして、成歩堂の額か頬が押し当てられたのだと分かった。燃えるように熱い肌に、熱でもあるのかと少しばかり心配になった。

「アナタを愛しています、ゴドーさん。でも、それだけじゃ、足りない……」

 声は震え、かすれて消える。
 当たる呼気もひどく熱く、そこで初めて気づいた。

 成歩堂が、この男が、――泣いていることに。

 胸の前に垂れた成歩堂の手に自分のそれを伸ばすと、一瞬だけビクリと避ける様子を見せたけれど、きつく指をつかむとふりほどいてまで逃げようとはしなかった。

「成歩堂、よく聞きな。アンタが償う必要なんざ、どこにもねぇ。確かにソレで恨み憎んだこともあったが、今はそうじゃねぇことをよく分かっている」

 背後の成歩堂はどんな泣き顔をさらしているのだろう。
 不謹慎にも、そんな考えが脳裏をよぎった。

 映像の中の男は、身も世もなく大声で涙を飛び散らせて泣き叫んだ。
 その数年後の後ろの男は、どんな風に泣くのか。

「アナタは優しいから、そう、言ってくれると思ったからこそ、償いなんて言えなかったんです。でも僕は、だからこそ……」

 俺は腰をよじって背後を振り返り、成歩堂の顔を見上げた。
 泣いていると思った顔は、けれど濡れてはいなくて。

 あふれる涙をこらえた瞳が、真っ直ぐに俺を見つめ返した。
 潤んだ目の奥には俺が愛した輝きが満ち、痛いほどに心臓をわしづかみにした。

 腕を伸ばして、成歩堂の頭の裏に回す。そのまま指にぐっと力を込めて、前のめりに俺の方へ引き寄せる。
 少し腰を持ち上げて唇を寄せると、キスを待ち受けるために成歩堂はまぶたを閉じた。

 その拍子に、目の下にたまっていた涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。乾いた肌をすべるのではなく、一粒のダイヤとなって俺へ向かって降りそそぐ。
 それを受け止めながら顔を傾け、俺は互いの呼吸を絡めた。

(頑固なアンタは納得しねぇだろうが『償い』なんざ本当に不要なんだぜ。傷はもう、アンタ自身で十分過ぎるほど癒してもらったからな)

 言えば言うほどかたくなに否定するだろうから、想いを唇に込めて、触れるだけのキスを繰り返す。
 成歩堂があの事件を負担に思い、苦痛と慰謝を思うのはどうしようもないことだ。俺自身、全てを乗り越えるには、かなりのものを飲み込んできたのだ。

 こういった問題の解決は時間に任せて、今度は俺自身が成歩堂の傷を癒せるように溺れるほど愛してやる。

 深いキスを楽しむには邪魔なマスクを外しながら、俺はただそれだけを思い、成歩堂の身体を強引に抱き寄せた。








大学生のリュウちゃんは、子供みたいに顔をくしゃくしゃにして泣いてましたが。
大人になった、全ての真実を知ったなるほどくんはどんな風に泣くのだろう、というのがきっかけです。
ゴドーさんを好きな気持ちが増すごとに、過去の自分がしてきたことへの罪悪感があって。
けれど許されたくはないから、謝ることもできなくて、心の中に凝りを持ってるんでしょうね。
で、対するゴドーさんはすでに色々なものを乗り越えて昇華しているので、おおらかな心でなるほどくんの葛藤を受け入れています。
で。逆バージョンもいいなと。
過去を思って葛藤するゴドーさんと、それを受け入れて愛しちゃうなるほどくん。
書き終えてはいますので、近いうち更新する予定です。

06/04追記。
《スパイラルパラドックス》の山端暁さまが相互記念ということで素敵なイラストを描いて下さいました。
ぜひみなさま、ご堪能下さいませ!→こちらですvv

(09/05/18)




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