Novel 57

□ひだまりにくちづけ

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 基本的に外出があまり好きではない。強すぎる日差しは俺にとって毒でしかないし、マスクによって限られた視界では楽しめるものも大して楽しくないからだ。

 せっかくの休日にもかかわらず、室内で新聞に目を通したりテレビを見たりする俺に、成歩堂は毎回外出しようと誘うのだが、俺は先述のようなことを毎回繰り返してそれを回避する。

 コイツがなぜ何度も同じことを言うのかは、実際のところ、俺がただ単に出無精なだけだと気づいているからだ。

「人間はですね、日の光を浴びないと不健康になるんですよ。ずっと外に出とけなんて言いません。ゴドーさんのおっしゃる通り、目のことだってありますし、紫外線やら色々注意しなきゃならないことが多いですからね」

「じゃあいいじゃねぇか、まるほどう。別に出歩かなくても」

「出歩かな過ぎなんですよ、あなたはっ。大きな図体でゴロゴロされてちゃ邪魔です。ほら、掃除するんですから、せめてベランダで日光浴でもしてて下さい」

「……クッ、世話女房なコネコちゃん、嫌いじゃねぇぜ」

 追い立てられるように部屋から出され、俺は仕方なしにベランダに配置してある椅子に腰をかけた。
 暖かな木製の椅子とテーブルは、先週末に成歩堂と一緒に買ったものだ。せっかく広いベランダがあるのだからそこでくつろがないのはもったいないと、成歩堂の自説に踊らされて購入したもの。

 早速役に立つとはな、と口の中でつぶやき、俺はきしむ音すら立てない椅子に背中をゆったりと預け、ベランダから見える風景に視線を投げた。

 冬を終えたばかりの空は雲ひとつなく、明るい光に満ち溢れ。
 差し込む太陽は俺の目には少しばかりキツすぎるのだが、大気を温めてひどく穏やかに身体を包み込んでくれる。

 カップを傾けてコーヒーをあおるも、喉を潤す闇色の香りはすぐに消え、春先独特の柔らかな風の匂いが漂うだけだった。

(こうして何をするでもなくゆっくり景色を見るってのは、何年ぶりなんだろうな……)

 眼下に広がる遠い地上には鮮やかな緑を撒き散らす木々が点在し、そしていくつか、華やかな白や薄紅などの色を見せる木々もあった。
 おそらくはサクラとかコブシの木なのだろう、遠目からはただ葉の緑と枝の茶と花の色しか見えないのだけれど。

 ベランダの手すりに小さな鳥が留まっているのを見つけ、俺はテーブルの上にずいぶん長く放置してあるジャンクフードを手に取った。
 個別包装してある包みをやぶり、中から取り出したクッキーを適当に割って足元にばら撒く。

 最初のうちは警戒していたが、すぐに誘惑に負けてしまったのか、トントンと跳ねるような感じで小鳥が近づいてくる。
 一粒一粒、かけらをくちばしでつまんで食べる様子が愛らしく、俺は見るともなしにじっとそれを見つめた。

 鳥の種類などにそう詳しくないので名前などは知らないが、その鳥は俺の手で握りつぶせそうなほど小さく、よくもこの階まで飛んで来れたものだと内心驚くほどだった。

 チチと、甲高い美しい声に視線をうつすと、ベランダの手すりに同じ鳥がとまっていた。
 つがいなのだろうか、クッキーをついばむ片割れの側に飛ぶと、同じようにかけらをくちばしでつついた。

 大きなかけらは互いに譲ろうとしているのか、小さな小さなかけらばかりを集めてたまに大きなモノをつついて相手の方へ押しやる。

 もっと小さく砕いてやろうと思って立ち上がろうと足を出すと、途端に警戒してもとの遠い位置まで飛び立ってしまった。

「逃げられちゃいましたね、ゴドーさん」

 カラと開いた窓の音に顔を向けると、掃除は終了したのか、エプロンを外しつつ成歩堂が出てきた。
 俺の真向かいに座ると、手にしていた袋から何かを取り出し、俺が散らかしたクッキーの側に投げる。

「そいつは何だい、コネコちゃん」

「鳥の餌ですよ。ゴトーさんは知らないと思いますけど、僕、早起きしてよく餌付けしてるんです」

 なんかいいじゃないですか、こういうの。
 成歩堂は言うと、柔らかく瞳を細めた。

 成歩堂も俺もじっと身動きをこらえていると、鳥たちは恐る恐る近づいてきて餌をついばみ始めた。
 相変わらず俺のデカいかけらは互いに譲り合う。

「つがいでしょうか、この子たち。可愛いなぁ。あ、ゴドーさん。あそこ、桜が咲いたみたいですね。この前まで枯れ枝しかなかったんですよ」

 頬杖をついてニコニコと見守りながら、成歩堂は遠くの木々を指差したりと忙しい。
 示されるままに指先に続く景色を見ていたら、テーブルに置いた手に、成歩堂の手が重なったのを感じた。

「冷てぇてのひらだな、まるほどう」

 指を動かして成歩堂のそれに絡めると、俺は親指の腹で皮膚をそっとなでた。

「そりゃ今さっきまで拭き掃除してましたからね、冷たくもなりますよ。……暖めてくれますか、ゴドーさん」

 鮮やかに、あまりにも鮮やかに微笑まれて、胸の奥が握りつぶされそうになった。

 柔らかな日差しに穏やかな大気、何をするでもなく優しく包み込む時間。
 見える視界や触れる風に季節を感じ、そうして隣には――成歩堂がいる。

「クッ……喜んで、だぜ」

 指を合わせたまま成歩堂の手をひっぱると、俺はその甲にそっとキスを送った。








ちょうど一年前くらい。逆裁サイトを作ろうかどうか、考えていたころのお話です。
もともとのタイトルは春風だったのですが、お話と合っていないため違う題名に変更。
携帯のタイトル欄には、めざせほのぼの。と書いてありました。
ほのぼのになれたかは分からないのですが、ちょうど時期的にもちょうどいいかなということで。
世話女房なナルに、ちょっと自堕落系なゴドさんでした。
…うん、今の私には書けないだろうな、こんな日常編のゴドナルって。
ゴドーさんが妙に穏やかな心境でいらっしゃって。多分、幸せをかみしめてるんだろうなと思います。


(09/03/19)




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