Gotten Thing 2

□恋の嵐

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「久しぶりだな」
 数ヶ月ぶりに降り立った成田国際空港は、狼士龍の記憶と殆ど変わりない。
 しかし、狼は妙に気分が高揚しているのを自覚していた。
 忘れがたい苦い事件が起こった国だ。多くのモノを失ったのだから、仕事絡みでなければ日本に近付きたくないと感じて当然なのに。
 理由は、明白。
 青くて尖っていてヘンな眉毛で、ドングリ眼の仔羊。
 事件の後、『彼』と出会ったから、前に取ったのはいつか覚えていない位に貴重な休暇を使って、渡航したのだ。
「龍一。今、会いに行くぜ・・!」
 斯くして、狼士龍という名の季節風が吹き荒れる。




 完全な私用なのに付き従う忠実で有能な部下の調査に誤謬はなく、青いスーツ姿は検事局で見出す事が出来た。
 上背がありながら、狼はその名の通り足音一つ立てず走り寄り。
「龍一!」
 ガバッと後ろから抱き竦め、そのまま持ち上げてぐるっと一回転した。よくある、恋人などを喜びのまま振り回す、という感動のシーンである。
 しかし向かい合わせの体勢ではない為に、一見プロレス技紛いだったし、突然空中に放られた成歩堂が、
「ぅわぁぁっっ!?」
 と歓喜のかの字もない雄叫びをあげたので、しっとり情感溢れる再会、とはいかなかった。
「龍一、元気か?」
 狼にしてみれば成歩堂が腕の中にいれば、どんな格好だろうと問題はなく。成歩堂の素っ頓狂な反応ですら懐かしいのだから、こちらは満足しきっていた。
「し、士龍さん!?」
 残念ながら、成歩堂は狼ほど素直に喜べなかった。心臓が口から飛び出すのではないかと思う位に驚いたし、今も尚、激しく脈打っている。
 こんな接触方法をとるのは狼だけといっても、決して慣れる事はない。
 ちょっぴり涙目になった成歩堂は、だが今回は文句よりツッコミより先に、違う言葉を口にした。
「お久しぶりです。お元気でしたか?」
 その後に、
「あの・・降ろして下さい」
 と、いつもの台詞を付け加える。
「応! 元気だぜ! 龍一に会えなかったのを除けばな」
 成歩堂の願いを聞き届けて、一度地面に降ろした狼は。
 ニカッと笑い。徐にくるりと成歩堂を半回転させ、今度は向かい合わせで抱き上げた。
「いやいやいや、降ろして下さいって!」
「ん? 降ろしただろ? 会えなかった分を、少しでも取り戻してぇんだ。大人しく抱かれろよ」
「え、いや、その・・・っていうか、擽ったいですっ!」
 さっきから狼の台詞に引っ掛かる部分があるのだが、何となく突っ込まない方がいいような気がして、抱き上げられ頬擦りされている状況のみを打開しようと試みる。
 今の季節では見るのも暑い襟元のファーがちょうど耳にあたっているのでチクチクするし、遠巻きにこちらを見ている人々の視線はチクチク所ではなく、ガッツリ痛い。
「えーと、ですから、擽ったいですし、そろそろ降ろしてくれませんか? 場所が場所ですので・・」
 狼の部下がぞろぞろ取り囲んでいるので近寄る者はいないが、結構な人集りになっている。ただでさえ、何故か検事局で顔と名が売れている成歩堂だ。耳目を集めるのは、避けたかった。
「あん?」
 成歩堂がへにゃりと眉尻をへたらせるのを目の当たりにして、眉だけでなく顔中舐め回したいと脂下がった狼だったが。チラチラと周囲を気にする素振りから、ようやく衆人環視を成歩堂が恥ずかしがっている事に気付く。
 けれど、ここで素直に成歩堂を解放するようでは、海千山千の悪党は相手に出来ない。
「そうだな。ゆっくり話ができる所へ移動するか」
 さりげなく本来の目的―――成歩堂の確保―――へと流れを持っていく。成歩堂を抱き上げたまま。
 仔羊は、怯えさせてはいけないが。逃がす隙を与えても、いけない。
「西鳳民国の菓子を、土産に持ってきたぜ」
「え? 前に話していたヤツですか?」
「応。イイ状態で食ってほしいから、ちゃんと冷蔵庫に入れておいた」
 甘いモノ好きだと前回入手した情報に従い、『餌』の用意も万全だ。読み通り、体勢を気にしつつも黒瞳を輝かせて食いついてきた成歩堂に、牙を剥き出しにして笑いたくなるのを抑える。
「じゃ、行くか!」
 外野が居らず、スイーツが冷やしてあり、ゆっくり話ができ、倒れ込んでも痛くないふかふかのベッドがスタンバっているエグゼクティブスイートへと。狼は目視だけで部下に合図を送り、踵を返した。
 のだが。
「待ちたまえ!」
 広い検事局の隅々まで響き渡る、凛とした声が狼の背中目掛けて発せられた。
 ピタリ、と足を止めてチッと行儀悪く舌打ちした狼は、けれど振り返りはしない。リズミカルに革靴を打ち鳴らして近付いていくる男への、意思表示として。
「狼捜査官、今すぐ成歩堂を解放してもらおう」
 一般的なパーソナルスペースよりも近い距離で立ち塞がった男―――御剣もまた、狼の牽制を真正面から受け、一歩も譲らず対峙する。




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