【Best present】





「なんか欲しいモンとかあるか?」

「………うへ?」


テスト期間に入るから、その前に…と行われた、バッテリーのミーティング中、突然聞かれた質問を俺はすぐに理解出来なかった。

目の前に座って俺を見つめているのは俺のバッテリーの相手、そして俺の一番好きな人……



この気持ちが恋愛感情だと気付いたのは、今年の春になった頃だった。

正直、俺の中で”好き”という感情がいつの間にか”恋”に変わるなんて思ってなかった。だって俺達はチームメイトでバッテリーで男同士……

だから、俺は何も伝えられない。むしろ気付かれてはいけないって思ってる。気付かれなければ、きっと嫌われる可能性は少なくなる筈だから。

嫌われなければ、例え好きになってもらえなくても、俺が勝手に思い続ける事は出来る。それはとても幸せな事だと思ったから。

その為にも気付かれたらいけない…
それでも出来るだけ一緒にいたい……

そんな気持ちもあって、二人きりのミーティングは、いろんな意味でドキドキしてしまう。

視線、声、呼吸、不意に近くに感じる温もり……

意識しない様にしようとしても、どうしても意識はそっちに向いてしまう。

だから、ぼーっとしてしまう俺は、「人の話は、ちゃんと聞け!」と怒られて、その度に謝ってばかりいた。

今回もそう。阿部君の存在を気にするあまり、阿部君が言っていた話の内容をほとんど聞いていなかった。

ポカンとした俺は、阿部君の溜め息を聞いて、ようやく状況を判断できた。

阿部君は、また俺が話を聞いてなかった事を知って、そんな俺に呆れているに違いない。それどころか怒らせてしまったかもしれない。とにかく謝らなくっちゃ…と口を開いた瞬間、「あのさ…」と、阿部君の方が先に話し始めてしまった。


「俺の勘違い…かもしんねぇけど……。もし、そうだったら、スゲェ嫌っつーか、逆にお前に嫌な思いをさせるかもしんねぇんだけど……」


そこまで話す間、ずっと俺から視線を逸らしたまま、困ったような顔をしていた阿部君が、俺に言った内容に、俺は続きを聞く事が怖くなって青ざめた。


もしかして……
気付かれてるのか?
なんで……
どうして………

いや、そんな事より、阿部君は、ずっと隠していた俺の恋心に気付いてしまって、ずっと気持ち悪いと思っていたのかもしれない。

実際に今“スゲェ嫌”って言ってたじゃないか。

この後に言われる事なんて、バッテリーを解消したいとか、自分に近づくなとか、そんな“最終宣告”だ。


正直、その現実が嫌で嫌で堪らなくて、でも阿部君が終わらせてくれなければ、俺自身では諦める事もどうする事も出来なかった。

傍に居られたら、それだけで良いなんて、俺の自己満足以外なんでもなくて、結局、一番大切な人である阿部君の事を、考えてあげられてなかったんだ。

だって、どんなに隠してたと言ったって、俺の思いは迷惑でしかなく、結果、こうして阿部君にばれて嫌な思いをさせてしまったんだから。


せめて、泣いて阿部君を更に困らせる事だけはしたくなくて、瞼を強く閉じた俺は、下を向いて、唇も噛み締めて、逃げ出したい気持ちを必死に押さえ付けた状態で、阿部君の“最終宣言”を待った。





どれくらい経っただろう。緊張のあまり時間の感覚も曖昧で、凄く長くも感じたし、ほんの数十秒だったかもしれない。
静かすぎる空間の中、自分の心臓の音ばかりがうるさかった。

そんな中、ふと、噛み締めた唇に何か温かい物が触れた。

そっと動いて、俺が噛んでいた唇を歯から外していく。不器用で、それでいて優しく唇をなぞるそれが何なのかよく判らなくて、閉じていた目をゆっくり開いてみる。

強く閉じすぎていた為か、ぼやけた視界がはっきりしていく中、俯いたまま見上げた目に写ったのは阿部君の顔だった。

近すぎるそれに驚いて、身体を後ろに引こうとする前に、唇をなぞっていた温かい物が俺の顎に添えられて、クイッと顔を上げさせられた。

その後すぐに起こった状況は、俺の頭を停止状態にさせた。

ただ、前にいるのが間違いなく阿部君だという事と、唇を先程よりも柔らかく、あったかい何かに塞がれた事だけがようやく解った瞬間、そっと塞がっていた物が離れていった。

近すぎる阿部君の顔。そして顎に添えられているのが阿部君の手だと頭が理解した時、「あっ、えっと…その……」と阿部君は珍しく慌てた様子で手を離し、距離をとった後、俺に「マジで、ごめん」と謝ってきた。


「…お前の気持ち、確認したかっただけなのに、俺、何しちまってんだよ。」


そんな事を言って「いや、違う…。えっと……あのな、」と落ち着かない状態のまま話し続ける阿部君を見つめていると、ようやく止まっていた思考が動きだした。


あれ?
今の、何だったんだ?
何で阿部君が俺に謝ったんだ?
俺は阿部君にフラれたのか?
えっ…?でも……。
あれ……??


働きだした頭は、先程の事を処理できずに俺を混乱に落とし入れた。


「おい、三橋…」


ふいに近くで呼ばれた自分の名前に気付いて、そちらを向くと、阿部君がとても心配そうに俺を見つめていた。
そして、俺と視線が合った事に少し安心した様子を見せると、そのまま話し始めた。


「本当はさ、お前が、その……俺の事、恋愛感情で好きなのかなって思って……。でも、お前の事だから違う可能性もあって、確証がないから、どっちなのか確認したかったんだけど…。だって男同士だし、もし違ってたら、マジで救いようがねぇだろ。なのに、お前のあんな顔見ちまったら、確認する前に止まんなくなっちまって、その……、キス…しちまって…。でも……お前の気持ちが恋愛の好きじゃなかったら、俺のした事は最低で、気持ち悪りぃ事だった筈だし…。もし同じ気持ちだったとしても、順番ちげぇし……。」


正直、言われている事の半分も頭に入って来なくて、でも俺の頭は、ある一部分をちゃんと聞き取っていた。



“キス”

誰が……誰にって?

えっと……阿部君が
………俺…に?

じゃあ…さっきのって…



ボンッと頭に血が上がる音が聞こえてくる程の急激な勢いで、俺の顔は赤くなったんだと思う。
それが解るくらい顔があっと言う間に熱くなった。


「嘘…だ。だって……。何で……あ、阿部君が?キ…キス??」

「……何でって、そりゃあ、好き…だからだろ。俺が、お前を…。思わずキスしちまうくらい。言っとくけど、嘘でも冗談でもねぇからな。」


阿部君はそう言うと、赤くなった顔を隠すように口元に手をやって、「…今更だけど、お前の返事、ちゃんと聞かせてくれねぇかな?」と聞いてきた。

その台詞に、阿部君の不安と期待が入り交じっているのを感じて、ずっと言う事の無いと思っていた言葉が自然と俺の口から出てきた。


「お、俺も…好きだ。阿部君が…。ずっと前から、好き…だったんだ。」


そう告白した途端、俺は阿部君にギュッと抱きしめられた。ずっと欲しかったその温もりを、全身で感じられて、嬉しすぎて涙が次から次へと溢れてきた。


「……知ってる。だと思ってた。お前の顔を見るたびに、頭では“期待すんな”って否定してても、心のどっかでは、ずっと信じてた。俺達はきっと同じなんだって…。」


そう言って、俺の顔を覗き込んだ阿部君は、「ヒデー顔。」と言って笑った後、俺の耳元に顔を近付けて、「やり直しても いいか?」と聞いてきた。

“何を?”と思ったのを予想してたみたいに、阿部君は、もう一度俺の顔を見つめて「キ・ス」と、凄く嬉しそうな顔で笑ってみせた。そんな阿部君を見て、更に真っ赤になった俺は、言われた言葉にびっくりし過ぎたせいもあって、涙まで止まってしまった。




小さく頷いた後、された二度目のキスは、心臓が飛び出るんじゃないかと思う程、ドキドキして、頭が沸騰しそうだった。


だから…だと思うんだ。

キスの後、抱きしめられながら「そういえばさ……さっきも聞いたけど、お前、誕生日だろ。プレゼント、何が良い?スゲェ考えたんだけど、他の奴らと被るのも嫌だし、結局、まだ用意してなくて…。なんか欲しいモンとかあるか?」と阿部君が再び聞いてくれたのに、「………うへ?」とマヌケな返事をしてしまって、「人の話は、ちゃんと聞け!!」と、いつも通り怒られてしまったのは…。

今回だけは話を聞いてなくても、仕方ないと思うんだけどな。阿部君…。








俺が一番欲しかったものは、その温もり…

その最高のプレゼントを、今はまだ感じていたい。

だから…もう少しギュッてしてて欲しいな……。











0517
HAPPY BIRTHDAY 三橋

 

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