高校3年の冬――
野球部を引退してから俺と三橋が一緒にいる時間は全く無くなった。
俺は受験勉強で忙しかったし、三橋は推薦で受けたから、最近まで慌ただしい状態が続いていたみたいだし。
あくまで人づてに聞いただけだけの三橋の情報。
あんなに口煩く世話をやいていたのに、部活という繋がりが無くなっただけで、バッテリーという特殊な関係はあっという間に友達以下になった。
少なくとも、表面上は。
そうなる様に、俺は意図的に避けていたんだ。
そうしなければ、バッテリー以上に感じていた思いが溢れてしまいそうだった。
言わない…伝えない……そう決めた思い。
俺はまだまだガキだったから、こんな方法しか思い付かなかったけど……
それでも俺はお前を守りたかったんだ。
*・*・*・*
その日、放課後になって突然俺は三橋から呼び出された。
そして茜色の空の下、久しぶりに俺と三橋は向き合っている。まるで野球三昧だったあの頃みたいに……
しばらく会わなかったからか、まるで昔に戻ったみたいに挙動不審な態度を見せる三橋も、ますます懐かしい気持ちを起こさせる。
俺への態度も随分マシになってたのにな……
そんな事を考えながら、視線を三橋の手元へと移す。
手に持っている紙袋。これを渡す為に三橋が呼び出してくれた事くらい、今日の日付を考えれば解る。
他の奴らからもパンやコーヒーをおごって貰った。いらねぇのに甘ったるい菓子を大量にくれた奴もいる。
今日は12月11日――
俺の誕生日だ。
「あ、あの…ごめん、ね。呼び出したり…して」
「別にいーよ。」
久しぶりの会話。
お互い忙しかったうえに意図して避けていた事もあって、俺達はずいぶん長い間、直接話をしていなかった。
だけど会わない間も、たまに三橋の姿を見かけただけで……
ただ、それだけで無性に嬉しかった。
俺が自分で避けていた筈なのに……
「三橋……」
「は、はいっ」
三橋は俺の呼び掛けに律義に返事して、次の言葉を待っている。
用があって呼び出したのはお前だろ……
そう思いながらも俺はそんな三橋から目を離せなかった。
三橋も少し顔を赤くしながら俺を見ている。
いつからだろう…
自分の気持ちを確信したのは……
いつからだろう……
三橋の気持ちに気付いたのは……
最初はまさかと思った。有り得ないだろ、普通。だっていくら特殊な関係だったとしても、俺達は男同士なんだから……
男女の恋愛が成就する確率に比べると俺達が両思いになれる確率なんて遥かに低い。
そう思っていたから自分の考えを疑ってしまいながらも、同時にそうなら嬉しいと心から思った。
でも俺はそう思いながらも、結局三橋に思いを伝える事が無かった。
三橋も今まで俺に何も言って来なかった。
きっと俺の気持ちには気付いてないのだろう。
でも…俺が手を延ばせば、三橋はこの手を握ってくれる。
だから言えなくなった。
思いが通じ合えても、俺はこれから先、三橋を…三橋の未来を…守る事なんか、出来ない。
俺が傷つくだけなら別に構わない。でもいつか俺との事で三橋が傷つくのだけは嫌だ。だって三橋には”大切なもの”が沢山あるから。
「それ、俺にくれんだろ?その為に呼んだんじゃねーのかよ?」
「あっ!こ、これ…阿部君に……もしよかったら、受け取って、ください」
赤い顔のまま、はにかんだ笑顔で俺に紙袋を差し出す三橋を、とても愛おしく思う。
「あ、あの……阿部君。俺………」
俺が紙袋を受け取ると、三橋は何かを言いかけて躊躇った後、結局言うのを止めた。でも俺には言葉にしてなくても聞こえる。
だから……
「これ、ありがとな。三橋…」
俺は紙袋の中のラッピングもされてないそれを手に取って礼を言うと、そのまま自分の首に巻いた。
紺色のマフラー。
きっと凄く時間をかけて選んでくれたんだろう。
「すげぇ暖かいよ。これ。ほんと、サンキュ」
笑顔でそう言った俺に、ホッとした顔をして、三橋も笑う。
その笑顔を自分の腕の中に閉じ込めたいと思いながら、巻いたマフラーをギュッと握りしめた。
18になったばかりの俺はやっぱりガキで……。他の守り方も解らずに、ただ愛しい存在を見つめる事しか出来なかった。
三橋と別れた後、俺は一人陽が落ちて深い紺色へと色を変えつつある空を見上げた。
視界がわずかに滲む。
それをごまかす様にうっすらと白くなった息を吐いて、「寒みぃ…」と一言呟いた。
いっそ雪でも降りゃいいのに……
そう思いながら俺はマフラーの温もりを抱きしめた。
まるでそれが愛しい人の様に感じながら……
End