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□【 Agapanthus 】『侵入者』
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- side R -『侵入者』


「ここだな…セモラートが泊まっているホテルは」
リゾットは、『パッショーネ』が経営するローマ市内のホテル『ロッソ・フィアンマンテ』の前に立っていた。時計は午後八時を回っている。
ボーイに『パッショーネ』のバッジを示すと、難なくホテル内に入る事が出来た。フロントで『パパーヴェロ・セモラート』の取引相手である、と言うと、最上階のスイートルームの番号を示された。既にセモラートはチェックインを済ませているようだ。

ホテル最上階に着くと、リゾットは物陰で彼のスタンド『メタリカ』を発動させた。みるみるうちにリゾットの姿が消えていく。『メタリカ』を身に纏い保護色とする事で、自分の姿を周囲の景色と同化させたのである。

リゾットは姿を消したまま、セモラートの部屋の前に立った。中に、誰かの気配がする。セモラートだろう。部屋の鍵は磁気カードで開くようになっている。『メタリカ』で磁力を操り鍵を開ける事は容易いが、セモラートに気付かれる訳にはいかない。
「何とかして、奴を部屋の外に誘い出さなければ…な」

そこでリゾットは鞄から硝煙筒を幾つか取り出し、一気に煙を焚いた。途端に警報機が響き渡る。部屋から宿泊客が慌てて飛び出してきた。
やがて、セモラートが部屋から出てきた。手に鞄を抱えている。彼は警備員に導かれ、非常階段から避難していった。

「…よし」
リゾットは誰も居なくなった部屋に侵入した。
改めて部屋を見渡す。手入れの行き届いた、豪華な一室。
ふと、リゾットは部屋の隅に目を留めた。あったのは、天蓋付きのダブルベッド。
「一人ではないのか…?」
この部屋に泊まるのはセモラート一人の筈だが、それにもかかわらずダブルベッドが置かれている、という事は。
「セモラートの奴…女でも買うのか、それとも…」
今夜ここへ来る筈の、護衛チームの交渉相手か。
「ふ…ん」
テーブルの上に、一台のノートパソコンが置かれていた。電源は点けられたままになっている。
「流石に…めぼしいデータは持って出て行ったようだな」
パソコンの中のファイルを確認しながら、リゾットは呟いた。
「一先ずは奴が戻るのを待つか…」

やがて、避難していた宿泊客が戻ってきた。硝煙筒の残骸が発見され、突然の騒動は誰かの悪戯、という事に落ち着いたらしい。
リゾットは姿を消したまま、部屋の隅で息を潜めた。ドアのロックを解除する音が響く。セモラートが戻ってきた。

「まったく…質の悪い奴がいるものだ」
何やらぶつぶつ言いながら、セモラートはパソコンの前に腰を下ろした。そして、先程抱えていた鞄から一枚のディスクを取り出してパソコンに挿入する。途端に、画面上にローマ市内の地図が現れた。地図上には、何箇所か赤く点滅するマークが見える。
そのとき、セモラートの携帯電話が鳴った。コールが三回鳴ったところで、セモラートは電話を取った。
「もしもし…そうだ、今ホテルに居る。ちょっとしたトラブルはあったが…まあ、今夜の仕事には差し支えない」
電話の相手はセモラートの部下か、それとも――リゾットは耳をそばだてた。
「ああ、その件はもう済ませてある。三日後の正午、マリアの聖堂だ」
(…『マリアの聖堂』?)
セモラートはなおも会話を続ける。
「心配ないさ、あのチームは若造ばかりだと聞いているし、気付かれる事はないだろう。まあ万が一何か感付いたとしても、握り潰すのは容易い。まあ、『彼』も手に入る事だし、損はない」
『あのチーム』とは店を譲渡する護衛チームに違いない。やはり、ただの取引ではないようだ。
(しかし、『彼』とは一体…?)
『彼』とは誰の事なのか。リゾットは訝しんだ。セモラートが誰かをチームに引き入れる、とでもいうのだろうか。
「そろそろ『彼』が来る頃だ。では、健闘を祈る」
セモラートはそう言って電話を切った。静寂が、部屋を包む。
(『彼』、とは…やはり、護衛チームの…)
セモラートの言う『彼』が、今夜の交渉相手を指すのは間違いなかった。しかし、その相手を『手に入れる』とはどういう事なのだろう。

「うるさい鼠が入り込んだかな」
セモラートの言葉に、リゾットは戦慄した。感付かれたか。セモラートはゆっくりと室内を歩き回り、ベッドの下やバスルーム、引き出しの中を注意深く見て回った。
「ふむ…」
一通り部屋の中を確認すると、セモラートはソファに座って足を組んだ。どうやら、リゾットには気付いていないらしい。
「さっき部屋を出た時にドアに貼り付けて置いた髪の毛が切れていた…誰か入り込んだのは違いないようだが」
気付かなかった。用心深い奴だ。リゾットは奥歯を噛み締めた。
「まあ、今は格段見られて困るような物はここにはない。心配ないだろう」
セモラートはそう呟いて、ルームサービスの酒をグラスに注いだ。

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