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□【 Agapanthus 】『君の名は』
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- side R -『君の名は』


「お前、名は、何という?」

想定外のトラブルで多少の遅延はあったものの、午後には列車はローマに到着した。空は厚い雲に覆われている。この分だと一雨くるかも知れない。

路地裏を歩きながら、リゾットは列車内で会った少年の事を思い出していた。途中、野良犬が唸りながら近づいてきたが、彼と目が合った途端、尻尾を巻いて走り去った。

あの少年は明らかにスタンド使いだった。屋根の上で拳銃を持って戦っていたところを見ると、恐らく近距離型スタンドだ。
列車の屋根に登る時に、天井にジッパーのようなものが現れたのを見た。あれが、彼のスタンド能力なのだろう。

それにしても。狙撃されたにもかかわらず、彼の表情に『脅え』はまったく見られなかった。何の躊躇もなく、列車の上の敵を追っていった。既に何度かの戦闘経験がある筈だ。若いからといって、少々見くびっていたかも知れない。

「…大分、不用心ではあるが、な」
リゾットは、そう独りごちた。
あの時、乗客を避難させた後にリゾットが列車の屋根を登ると、丁度少年が二人の敵に前後から狙われているところだった。少年は二人の敵のうち、一人を追い詰めたようだったが、もう一人の方まで手が回らなかったと見える。

咄嗟にリゾットは彼のスタンド『メタリカ』を発動させた。相手の体内の鉄分を吐き出させ、やがて死に至らしめる彼のスタンドは、強力ではあるがやや精密さに欠ける。二人の敵は少年を挟んで立っていたため、その二人を攻撃すると間に居る少年も攻撃する事になる。結果として三人とも『メタリカ』の餌食となった訳だが、立っていた二人の敵と違って、列車にしがみついていた少年は振り落とされるのを免れたらしい。脚を撃たれて蹲っていたのが幸いしたようだ。

まだ、彼に死なれてもらっては困るのだ。リゾットは意識を失った少年を抱きかかえて、列車内に戻っていった。

少年は『メタリカ』によって重度の貧血を起こしてはいるが、命に別状はない。脚の傷も、そう深くはないようだ。手持ちの鉄剤を飲ませ、傷に応急処置を施す。ひとまずはこれで十分だろう。いつの間にか、少年は安らかな寝息を立てていた。当分は目を覚まさないだろう。
リゾットの車両に乗っていた乗客は全員避難していたため、周囲に人の目は今のところ、なかった。しかし、銃で撃たれた傷と『メタリカ』による喀血で血まみれになった少年のスーツ姿はどうにも目立って仕様がない。
リゾットは少し考えた後、通路側から見えないように少年を抱きかかえた。

「まずは…こいつが何者か調べなければ」
リゾットは少年の荷物を探ってみた。しかし、鞄から出てくるのは着替えや幾らかの金銭ばかりで、彼の身分を表す物は何一つ見つからない。
「まさか…」
リゾットの脳裏に、先程目にした少年のスタンド能力が蘇る。あのジッパーのような能力で、重要な物品を何処かに隠しているのかも知れない。
リゾットは諦めて腰を下ろした。まあいい。いざとなったら尾行してでも正体を突き止めてやる。
ただの下っ端なら懸念するには及ばないし、万が一、この少年がセモラートに絡んでいるとしたら――いずれ、解る事だ。

やがて列車はローマに到着した。リゾットは少年の頬を軽く叩いて起こす。
「おい小僧、いつまで寝ているつもりだ」
はっと目を覚ました少年は、自分の置かれた状況を把握しかねて目を白黒させていた。まあ、無理もないだろう。

「…その格好では出歩けないだろう。上着だけでも着替えておけ」
言いながらリゾットは、自分の荷物をまとめた。
「あ、あの…本当に…ありがとうございます、セニョー…」
「リゾット・ネエロ、だ」
少年の言葉を遮って、リゾットはまず自分の名を名乗った。『パッショーネ』に所属している限り、自分の名はいずれ知る事になる筈だ。それに、先に自分が名乗っておいた方が、少年の名も聞き出し易くなる。

「小僧…お前、名は、何という?」
リゾットの問いに、少年は微笑んで――真っ直ぐにリゾットを見詰めて、はっきりと、その名を口にした。

「俺は、ブローノ・ブチャラティ」


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