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□【 Agapanthus 】『刺客』
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- side B -『刺客』


「交渉は今夜10時、ローマ市内のシティホテルにて、か」
ネアポリス駅構内の雑踏を足早に潜り抜けて、ブチャラティは予約した二等車両に向かった。

相手の男の名は、『パパーヴェロ・セモラート』。ネアポリスの賭博場と娼館を取り仕切る『パッショーネ』幹部。
「それにしても、だ。何故突然うちのチームに店を譲る、などと…」
譲渡される店について一通り調べてみたが、売上は上々、恐らくはセモラートのチームの重要な資金源の一つである筈だ。セモラートが店を手放す理由が見当たらない。
更に、セモラートが提示した条件はただ一つ、『交渉にはブローノ・ブチャラティを来させる事』。相手がブチャラティの体目当てなのは容易に想像出来たが、それにしても話がうますぎる。きっと、何か裏があるに違いない。それを探るのも、今回の任務の一つだった。

「まさか、愛人契約、なんて事はないだろうな」
ブチャラティがチームを通じた『交渉人』として、金や地位のある組織の幹部と寝る事は、これが初めてではない。しかし、同じ相手と『二度目』は、ない。後々足を引く事になりかねない余計な繋がりをつくらないためにも、『交渉』は一度で完結させる必要があった。また、ブチャラティの背後には、刑務所に入ってなおその名を轟かせる幹部ポルポが居る。彼と面倒を起こす事は相手にとっても大きなデメリットであった。

「嫌な予感がする、な」
様々な思いを巡らせつつ、ブチャラティは乗車券に記載された自分の席を見つけた。向かいの席には、既に先客が座っている。一言挨拶してから、ブチャラティは自分の席に腰掛けた。

何気なく外の景色を眺めていたブチャラティだったが、相席の男に突然声を掛けられ、はっと我に返る。

灰色がかった銀髪を最初見た時は年配の男かと思ったが、尖った輪郭と鍛え抜かれた体つきから察するに、男は恐らく二十代と思われた。男はサングラスを掛けているため、その目を見る事は出来ない。

「お前…ローマには観光で行くのか?」
男の声は静かだったが、よく通るバリトンには不思議な凄みがあった。奇妙な戦慄を覚えながら、ブチャラティは差し障りのない程度に男の質問に答えた。

ほんの世間話。それなのになんだ、この緊張感は。男の表情は読めないが、サングラスの奥から刺すような視線を感じる。握った指の間に、汗が滲む。
「セニョール、あなたは…」
緊張を悟られぬよう、ブチャラティが自分も口を開きかけた時、

「伏せろ!!」

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