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□【 Agapanthus 】『遭遇』
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- side R -『遭遇』


「妙、だな」
ネアポリスからローマに向かう列車の中、二等席に腰を下ろして、リゾットは呟いた。
セモラートと護衛チームとの交渉は今夜、ローマ市内のホテルで行われるらしい。本来ならその交渉には幹部であるポルポが行くのが筋だが、ポルポがネアポリス刑務所を出る事は不可能だ。この交渉に出向くのは、恐らく護衛チームのリーダーと思われた。

「しかし…何故ローマ、なんだ…?」
セモラートも、ポルポの護衛チームも、共にネアポリス市内を主力として活動している。ギャング組織『パッショーネ』の構成員が、自分の管轄を離れて行動する事は原則禁じられている。異なる地区を取り仕切るチーム同士が手を組み、強力な反乱分子となるのを防ぐための措置であった。ボスやその側近クラスの大幹部、また、特定の管轄を持たない自分たち暗殺チームがその例外である。

「まったく…何を考えている」
他チームへのシマの譲渡。ネアポリスを離れた管轄外での交渉。その後の麻薬ルートの行方。腑に落ちない事が多すぎる。政治家リーソが何処まで関わっているのか。そして――ボスは、何処まで関わっているのか。

「…頭が痛いな」
リゾットは数秒の間眼を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。足を組み直し、手元に置いてあった荷物を漁る。
「これか…プロシュートの…」
リゾットは、鞄から一冊の本を取り出した。ネアポリスを出発する前に、プロシュートから『読め』渡されたものである。見たところ、恋愛小説のようだ。
「あいつに、こんな趣味があったとは、な」
まあ、暇潰し程度にはなるだろう。ローマまでは2時間程かかる。リゾットはぱらりとページを捲り、無表情で活字を追った。

「ここ、だな。俺の席は」
不意に、目の前に誰かが侵入してきた。リゾットが顔を上げると、白いスーツの男が向かいの席に荷物を置いていた。二等車両は向かい合わせに客席が配置されている。ローマまでの道程は、この男と相席となるようだ。
「失礼します、セニョール」
リゾットと目が合ったその男は、そう言って自分の席に腰を下ろした。落ち着いた物腰をしてはいるが、まだ十代の少年のようだ。顎の位置で切り揃えられた黒髪が時折揺れている。昼間からこんな長距離列車に乗っているところを見ると、学生という訳ではなさそうだ。

何気なく目の前の少年を眺めていたリゾットだったが、彼の右胸を見て、はっとした。彼の胸元には、一つのバッジが付けられていた。白いスーツの上で鈍く輝くそれは、紛れもなく『パッショーネ』の構成員である事を示すものだった。
(この小僧…何者だ…?)
年格好から見て、恐らくは下っ端の一人だろう。しかし、そのような者がネアポリスからローマまで、一体何の目的があって行くというのか。
ふと、セモラートの事を思い出した。奴は今夜、ネアポリスの護衛チームと、ローマで逢う筈だ。すると、目の前にいるこの少年は。
(まさか、な)
幾ら結成後間もない護衛チームとはいえ、こんな子供がリーダーを任される訳がない。考えすぎだな。リゾットは窓の外を見遣った。

(しかし…興味はある)
いずれにせよ、この少年が『パッショーネ』の構成員である事には変わりがない。彼がローマに何をしに行くのか、聞いてみる価値はありそうだ。

「お前…ローマには観光で行くのか?」
向かいの少年に、それとなく尋ねてみる。リゾットの突然の問いに、少年は少々驚いたようだったが、すぐに首を振って答えた。
「いえ…ローマへは仕事で行くところです」
「何の仕事をしているんだ? 見たところ、大分若いようだが」
「そうですね…警備関係の仕事を」
「…そう、か」
流石に、すぐに素性を明かしたりはしない、か。向こうはリゾットを一般人と信じて疑わないようだ。胸のバッジを指摘しようかとも思ったが、変に警戒されるのも面倒なので、自分も組織の一員である事はこの際伏せておく事にした。

「セニョール、あなたもお仕事でローマに?」
今度は少年がリゾットに質問する。とは言っても、特に警戒されている様子は、ない。ごくありふれた世間話、といったところだろう。
「まあ、そんなところだ」
「お仕事は何を…」
少年が再び口を開いた時、

「伏せろ!!」

リゾットが咄嗟に少年を引き寄せるのとほぼ同時に、銃声が響いた。
ついさっきまで少年が座っていた席には真新しい銃創が煙を上げている。狙撃された方向を見ると、割れた窓ガラスの外で何者かが列車の屋根に登っていくのが見えた。

「小僧…何者だ、お前」


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