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□【 Agapanthus 】『疑惑』
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- side R -『疑惑』


「勝算は、あるんだろうな」
チームの面々がそれぞれのねぐらへ帰った後、アジトにはリゾットとプロシュートだけが残っていた。

「セモラートが、管轄内の幾つかの店の権限を、他の幹部のチームに譲渡するという情報を得た」
ノートパソコンの画面を睨みながら、リゾットが淡々と言う。
「何でまたそんな事を?」
「はっきりとは解らない。経営が難航している店を他チームに押し付けるつもりなのかと思ったが、どうやらそういう訳でもないらしい。今回譲渡されるのは寧ろネアポリスでも指折りの有名店だ。しかし、単にチーム同士仲良くしよう、などという訳ではないだろうな」
「セモラートは何を考えているんだ?」
プロシュートが不審そうに眉をひそめる。

「恐らく、セモラートが最近手を出し始めた麻薬売買が絡んでいるのだろう」
「と、いうと」
「来月、ネアポリスで市長選挙があるだろう」
「ああ、そうだな」

リゾットはパソコンの画面に一人の男の写真を映した。男の名は『アマーロ・リーソ』。市長選挙の候補者の一人だった。この地区においてはそこそこの支持率を維持しており、次期ネアポリス市長の有力候補と言えた。
「この男が、しばしばセモラートの管轄の店に入るところが目撃されている」
「きな臭い感じがしてきたな」
プロシュートはテーブルを人差し指で叩きながら言った。
「俺が思うに」
リゾットが画面から顔を上げた。
「今回譲渡されるのは、セモラートが裏で麻薬取引をしていた店だ。そして、その店にはリーソも出入りしている」
「すると…リーソも、麻薬取引に関わっているのか」
「そこまでは言い切れないが…そいつがセモラートの店に出入りしている事は、少なくとも今回の選挙のマイナスになる事は間違いないだろう。こういう噂は回りが早い。セモラートはひとまずこの店を他のチームの管轄に移す事で、リーソのスキャンダルが発覚するのを防ごうとしている、とは考えられないか? あくまでも俺の推測だが」
「なるほど、な」
プロシュートは頷いた。

「でもよ、リゾット」
今ひとつ割り切れない様子でプロシュートが言った。
「いくら政界との繋がりを保つためとはいってもだぞ、セモラートがそう簡単に麻薬売買ルートを手放すか? 折角開拓した資金源だろう? セモラートがその店を任せる相手を余程信用しているにしても、だ」
「いや、それは考えにくい。恐らく、店の権限を譲渡する前に、麻薬売買の場所を何処かに移すと考えるのが妥当じゃないか?」
リゾットの言葉を聞いていたプロシュートは、そこではっと目を見開いた。
「ちょっと待てよ。奴の麻薬ルート開拓には、ボスも一枚噛んでいるんだったよな? すると…」
「そうだ。俺の予想が正しければ、麻薬ルートを移すにあたって、きっとボスが介入してくる。ボスの正体を掴むチャンスだ」
そういう訳か。プロシュートは頷いた。

「ところでリゾット、セモラートの店は誰のチームに任されるんだ?」
「どうやら…護衛チームに引き渡されるらしい」
「護衛チーム? ああ、この一、二年で結成された…連中も俺たちと同じくポルポの命令で動くチームだよな?」
「そうだ」
「どうも癪に障るな、そんな昨日今日で出来たチームにシマが譲られるってぇのは。俺たちは縄張りもなしに暗殺稼業だってぇのに」
「腹立たしいのは解るが。この件に関してはさして羨ましくはないな。縄張りを譲られるにしてもリスクが大きすぎる。セモラートも、そんな曰く付きの店だからこそ若手のチームに押し付けようとしているんじゃないか?」
「それはそうだけどよ…やっぱり腹立つだろ」
「まあな」
冷静に振る舞うリゾットにしても、自分たちのチームが冷遇される一方で、同じ幹部に属する新参チームに新たな縄張りが与えられるというのはやはり面白くないのだろう。暫く沈黙が続いた。プロシュートは少々気まずそうに煙草を取り出し、火を点けた。

「プロシュート」
不意にリゾットが口を開いた。
「どうした」
「もし、俺が死んだら…」
「あのなあ、幾ら危険な仕事だからって、始める前から…」

「その時は、お前が暗殺チームのリーダーになれ」

黒い眼球が、真っ直ぐにプロシュートを見つめている。リゾットとは長い付き合いになるプロシュートでさえ思わずぞっとする、本気の、眼。

「…解った。任せておけ」
リゾットに気圧されまいと鋭い眼で真っ直ぐに見返し、プロシュートははっきりと、答えた。そのまま、二人は無言で睨み合った。

「…安心しろ」
ゆっくりと煙を吐き出し、先に沈黙を破ったのはプロシュートだった。短くなった煙草を灰皿に押し付けながら、言う。
「俺が仕切ってればこのチームは間違いなく安泰、だろ? 辛気臭い面すんな、前リーダーの遺志は立派に継いでやるぜ」
「…勝手に殺すな」
「じゃ、俺も帰るとするか。ペッシが待ってるからな」
言うだけ言うと、プロシュートは立ち上がってリゾットに背を向け、颯爽と出入り口へと歩き出した。

「リゾット」
「ん?」

――背中越しの言葉は。

「死ぬな」


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