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□【 Agapanthus 】『暗殺者の会合』
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ー side R -『暗殺者の会合』


「…畜生っ」
空になったワインボトルを乱暴にテーブルに置いて、プロシュートは煙草に火を点けた。声を抑えてはいるものの、わなわなと震える拳や青ざめた唇、煮えたぎるような眼から、彼が腹を立てているのは誰の目にも明らかだった。

深夜のアジトに、リゾット・ネエロ率いる暗殺チームの面々が集っていた。単独、もしくは二人組で活動する事が多い暗殺チームのメンバーがこうして顔を揃える事は滅多に、ない。
重苦しい空気が部屋を満たしていた。集まったメンバーは全員、黒い衣装に身を包んでいる。いや、この日アジトに集まっているのは、チーム全員――九人では、なかった。このアジトに、九人のメンバーが集まる事は、もう、ない。

二人の仲間が、殺された。外部の敵によってではない。自分たちが属する組織『パッショーネ』のボスの手によって、相当に惨たらしいやり方で、消し去られた。『罰』のメッセージとともに何処からともなく送られてきた二人の遺体に、チーム全員が戦慄した。

死んだ二人、ソルベとジェラートは、殺される前の数日間、『パッショーネ』のボスの身辺を探っていた。
暗殺チームは、組織内でも「汚れ仕事」として敬遠されるきらいがある。暗殺チームの情報は基本的に部外秘であったため、他のチームとの繋がりは希薄で、また上層部とのコネクションも殆どない。命懸けの任務でどんなに実績を上げようとも、それが認められる場がなかったのである。更に人目を忍ぶ暗殺という仕事上、特定の縄張りを持たされる事もなかった。

ソルベとジェラートは、そんな組織の自分たちに対する待遇に不満を抱き、反乱を起こすべく組織『パッショーネ』のボスの情報を集めていたのだった。二人が殺されたのはそんな矢先の事である。この『制裁』が、『パッショーネ』のボス、或いはその側近によって下されたのは明らかだった。

「クソックソッ! このまま大人しくしてろってか!? ふざけんなよ!」
ギアッチョが拳でテーブルを叩いた。その隣でメローネが唇を噛む。
「俺だって黙っている気はないぜ、リゾット」
プロシュートが隣に座るリーダーを睨んだ。その傍らに、怯えた眼で兄貴分を見詰めるペッシの姿がある。
「リゾット、これは俺たちへの挑戦状だ」
ホルマジオが言った。その声に驚いて、さっきまで彼の膝の上で丸くなっていた猫が一目散に走り去った。

「…勿論」
漸くリゾットが口を開いた。黒い眼球にその意思は読み取れないが、低く通った声に僅かに表れた怒気は、静かに、しかし瞬時にその場を凍り付かせた。
「二人の仇はとる。必ず、だ」
黒い瞳が、テーブルを囲む七人のメンバーを見渡した。

「で、でもリーダー」
おずおずとイルーゾォが問う。
「策はあるのか?」
リゾットはイルーゾォにちらと目を遣り、ポケットから一枚の男の写真を取り出した。
「…これは、ソルベとジェラートが殺される直前に接触していた男だ。名をパパーヴェロ・セモラートという」
「こいつが二人を殺ったのか?」
いきり立つペッシを、まあ待て、とプロシュートが制した。リゾットは淡々と続ける。
「セモラートは、ネアポリスの賭博場と娼館を取り仕切っている。だが最近になって、麻薬ルートにも手を出し始めたらしい。勿論、ボスの後ろ盾あっての事だ。ソルベたちの調べによると、この男は政界にも顔がきくようだ。その人脈を見込まれたんだろう、ボスとも頻繁に接触しているらしい。二人を殺ったのがこのセモラートかどうかは解らないが、この男がボスと繋がっているのは確かだ」
「すると、こいつを洗えばボスに近づけるって訳だな」
プロシュートが指を顎に当てて呟いた。
「そうだ。少なくともボスの正体に関して何らかの情報は得られるだろう。だが油断は出来ない。下手をしたら仇を討つどころか、あの二人の二の舞だ」

そこで、だ。リゾットはもう一度メンバーたちを見渡して、言った。
「俺が、セモラートに接触する。一人で、だ」
リーダーの言葉に、メンバー全員が顔を上げた。
「死んだソルベとジェラートが折角残した手掛かりだ。無駄にする訳にはいかない。だが、セモラートも、その先に居るボスも、その力は未知数だ」
でもリーダー、と言いかけたメローネを制して、リゾットは続けた。
「もしセモラートを調べる途中で、俺が、死んだら」
リゾットは束の間言葉を止め、そして、はっきりと、言った。

「お前たちは、速やかにこの件から手を引け」

「おいリゾット、そりゃあねえだろう!」
ホルマジオが声を荒げた。
「俺だって納得がいかない! 大体それじゃあソルベとジェラートは犬死にだろう!? …まあ、リーダーがそう簡単にやられる事もないだろうけど」
メローネが必死で抗議する。他のメンバーも口々に反対する中で、プロシュートだけが落ち着いたまま、リゾットの眼を見据えて言った。
「…解った。もしお前が殺られたら、俺たちはもう、この件には手を出さない」
「でも兄貴!」
なおも食い下がるペッシに、プロシュートは顔を近づけて言った。
「おいよく考えてみろマンモーニ。もし今回の相手がリゾット以上の実力者だったら、だ。その後俺たちがかかっていった所で何になる? それこそ全員犬死にだ。男は退き際も重要なんだぞ、マンモーニのペッシ。リゾットが殺られたら、俺たちは一度退いて、少なくとも、力を蓄えなきゃあならない」
そうだろリゾット。プロシュートの言葉に、リゾットは頷いた。
「…そういう事だ。だがプロシュート、俺はまだ死んではいないぞ」

全員のグラスに、再び酒が注がれた。Buon pro. チームのために。健闘を祈って。

「屈辱を、忘れるな」


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