short story

□甘噛み
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部活帰り俺は水谷と帰るのを密かに楽しみにしていた。
顔には絶対出せないけど、くだらない話をして屈託のない笑顔を見せる水谷が本当に大好きだった。でも言わないけどね、恥ずかしいもん。

「ねえねえ栄口、あれ見て〜」

そう叫んで水谷は電灯の下にある毛布のような物体を指差した。
それはお世辞にも猫には見えない。
そのぐらい薄ら汚れていた。

「かあいいね。栄口」

水谷はその猫のような物体を抱き上げてふわりと俺に笑いかける。
首輪もしていないやせ細った猫は水谷に媚びるようにニャーと鳴いた。

(可愛くないよ。そんなの……)

気持ちよさそうにゴロゴロと喉元を撫でられている猫。
その猫を見ていると、自分でも訳解んなくなるくらい胸が詰まった。

(水谷の鈍感。)

――それはこのごろいつも脳裏を掠める感情。
名前は知っている。
そんな女々しい自分を情けないと思った。
彼に恋してから、こうゆう関係になってからそれはさらに酷くなった。


(猫相手に嫉妬すんなんてダサいよね、ははっ)

俺は詰まる胸を押さえた。
心臓が猫の爪で引掻かれたように痛む。
でもきっと彼はわかってない。

「ん?どうかしたぁ?」

「何でもないよ……」

(嫉妬してるだなんて言える筈ないじゃん)


多分ひどい顔をしているから、それを知られて呆れられるのが怖い。
俺はズボンの裾を必死に握ってぎゅっと目を閉じた。

「……もしかしても栄口も甘えたいの?撫でてあげよーかぁ」

「馬鹿っ、そんなの……」

「もう素直じゃないなぁ。もっと俺に甘えてもいいんだぞ〜」

「……みっ、みずたに」

水谷の瞳がしっかりと俺を捕らえる。
いつものへにゃりとした瞳じゃなくって、もっと真剣で、胸が高まる。

もう、そんな瞳で見ないで。
そんな瞳嫌いだ、ズルい。
俺ばっかドキドキしてる、きっと、どうせ耳まで真っ赤なんだろ。
そんで水谷だって気づいてるんでしょ。
ああもう逃げ道ないじゃん。

その瞳に引き寄せられて脚が無意識に水谷の方へと向かっていった。
いつの間にか水谷が目の前にいる。
腕まくりしたワイシャツに猫の毛がついて、それを気にもしない彼が彼らしくて少しいとおしくなった。
俺は水谷のワイシャツをギュッと握り締める。
それが俺の精一杯の譲歩だ。
決して、断じて、甘えではない。

ちょうどその時、猫は水谷の胸から逃げ出してアスファルトに飛び降りた。
そして、俺のほうを向いたかと思うと意味深にニャーという鳴き声を心に残して闇に消えていく。
視線を戻すと水谷はいつもの柔らかな笑顔に戻っていてこっちを見つめていた。

「栄口好きだよ〜。猫よりもずっとずっと可愛い」

耳元で吐息混じりに言い、水谷が俺を抱き寄せた。
右手で俺の髪をさらりと撫で、左手で腰を支える。

「栄口大好き」

確かめるように低く囁く水谷。
その声は猫に紡いでいたものよりも溶けるように優しげだった。

(思い過ごしじゃないぞ、うん)

「ねぇ栄口は俺のことどー思ってんの?期待してていいの?ねぇ、しちゃうよ?それでいいの?」

「もうしてんだろ……。馬鹿」

「うん。あはは、好きだよ」

素直になれない俺はその自分より少しだけ大きな胸に顔をうずめた。
水谷の体温が頬から伝わって、醜い感情も全部ひっくるめて水谷ならきっと俺を受け止めてくれるような気がした。

脳裏に水谷に甘える猫が浮かぶ、ニャーと鳴いて逃げていった猫が浮かぶ。
だけどそれはだんだんと淡く薄れて消えていった。
水谷が俺の短い髪をすいて、俺はワイシャツを掴む腕をそっと背中に回した。



END









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