short story
□足音
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タイル張りの四角い
オレの城塞
微妙に深い浴槽がオレを守ってくれる。体温よりも遥かに熱い湯船に浸かって。
あと10数えたら、この安全な城塞から出ようと決めた。
だってそうしないとベッドルームで待つアイツは不安になるから。
でも、その顔が鮮明に浮かぶのに、いつまで経っても、10まで数えられないま
まで
(1234…ご…ろく)
指折り数えたって
(なな……はち、……)
声に出して云ってみても
「きゅ………」
顔を湯船に浸けても
踏ん切りがつかない
(…………。)
この薄い扉を開けたら、直ぐにでも田島に愛されて、
あられのない声で喘いで、
そして段々と身も心も侵されて、
オレはオレを亡くしてしまうのだろう。
でも
それでも、オレ自身それを望んですらいるのが
(怖いよ、田島……)
身を焦がすような熱い湯と思いに意識が朦朧として。
我慢出来なくなる
…………10
ほら、オレがオレでなくなる
これが
恋と云うのなら───
「田島、早く迎えに来て……」
それで構わない
だから
早くこの城塞を壊して
オレを攫って
(その先なんかもう考えたくもないから)
「おーい、花井っ、まだか?」
END