short story

□盲目的に注がれる愛情
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盲目的に注がれる愛情


栄口勇人が好きです、
とアイツははにかみながら、それでいて弾んだ声で言った。
今思うとその瞬間からだ。
オレの人生がねじれていったのは。
ったく、恋愛なんて長い人生のスパイスにすぎないのにさ、


くやしい。


…………アイツのせいで、
アイツのせいでっ!

恋愛が全てになってしまった。もう水谷の事、しか、考えられなくなった。
もし恋愛に勝負があるならば


きっとオレの、 負け だ。





昨日水谷からメールがあった。

『明日部活ないからウチに来なよ!じゃあ待ってんね(^-^)/』

だってさ。
なんてオレの都合を考えていないんだ!
(別に用なんか無いけど。)
オレも水谷に会いたかったからちょうどいいかも、あぁいや、でも、アイツに振り回されてる感がしてなんかやだ。

イヤだけど、全然イヤじゃない。訳わかんないけど、だって相手はあのチョー天然水谷だもん、理屈は通じないさ。
知ってる、知ってる。

『昼頃に行くね。おやすみ』

即座に返信して、ベッドに潜り込んで布団を頭から被るオレ。
自然と顔が綻んでしまう。
結局はオレは水谷に振り回されちゃってるのかも、と思う。

明日は何しようかなぁ
なんて考えてその日はなかなか寝付けなかった、なんて事はなくもない。
(もう、どっちなんだよってな感じだけど。)
結局は水谷にクレイジーだって事!







あれれ? 水谷の大好きな生クリームたっぷりのショートケーキ片手にチャイム押したとこまでは覚えてんだけどなぁ?



いったいこの状況はなんだ!



てな状況を説明するとすると
二人で横になるにはちょっと小さなベッド。
隣にはぐーすか寝てる恋人。

完全にオレの存在無視ですね、ちょっと水谷さーん。

水谷の部屋に通された途端こうだ。

普通ゲームしたり、話したり、 アレ したりすんじゃないの?

そう思って来たんだけど!
こんな状況ならあの温厚そうなミスターでも激怒するよ?(もちろんオ○レじゃないほうね)

そりゃ野球の練習はキツいし、まぁ部活ない日くらいゆっくり寝たいよね?
うん、それはよくわかる。

でも、久しぶりのデートが、水谷ん家でそれだけならまだしも、ただ寝るだけって酷くない?
酷いと思うんだ、オレは。

てか寂しいんです。
めちゃくちゃ寂しいくなっちゃうんです。
でもそれって贅沢ってもんなんですか? こら、 水谷君!

少しの抗議を兼ねて水谷のほっぺたをつついてみる。
だけど身じろぎするだけで起きる気配は全くない。

(起きろよ……)

口惜しい。
今度は、脇腹だ。
着ているカットソーを捲って、軽く擽ってみる。
だけど水谷は、んーとかちょっとアホっぽく唸るだけで起きようともしない。

何コイツ。もう限界。
絶対起こして、正座させて、叱りつけてやる。


「水谷、起きなさい」

「うん、起きてるよ」

返ってきたのは超が付くほどの間抜けな声。
なんでこんなヤツが好きなんだって時々思う。
ホントなんでなんだろ?
恋は盲目ってヤツなのかな?


「馬鹿、寝てた、だろ!」

「あはは。でなぁに、栄口?」

水谷が柔らかく微笑む。
それだけでオレの不満はどこ吹く風。
分かっててやってんだな、コイツと騙されてる気がしてならないけど。
でもオレはこの顔が好きで好きで仕方ない。
オレの気持ちまで全部包み込んでくれるような優しい顔。

野球部のみんなはヘラヘラしてるってからかうけど、阿部なんかはクソレだって馬鹿にするけど(クソレ関係ないじゃんかよ)この顔で笑う水谷がすっごく好きだ。

この顔が オレ に向けられてると思うと胸のずっと奥がギュッと疼くんだ。
何かに心臓をつつかれているような。
甘くて何故かわかんないけど、少し苦い疼き。

あぁもう水谷病だ、オレ。


「好きだよ、水谷」


胸の奥から溢れ出す言わずには居られないコトバ。
自分からこんな事云うキャラじゃなかったのに。
水谷に全部染め変えられてしまった。

こんな風に水谷もほんのちょっとでもいいから、オレに染まってたら、嬉しいな。

「オレもだよ〜。栄口大好き」

視線がバチっと合う。
注ぎ込むような水谷の視線に、目が離せなくなる。
まばたきをする事さえ忘れる。
一瞬のようで、とてつもなく永い時間お互いに見つめ合っていた気がした。
水谷って意外に睫毛長いんだとか、柔らかそうな髪の毛とか、唇の形も綺麗だなとか。
見つめ合う度に新発見がある。オレが知る水谷が増えてゆく。
ずっと水谷を感じて、いたかった。


「さかえぐち、可愛い〜。こっちにおいで?」

ふぁぁと欠伸をしたかと思うとにこりと笑みを浮かべる。

布団を蹴飛ばして腕を伸ばし、オレを引き寄せる水谷。
その腕のままに水谷の胸に落ちると石鹸のいい匂いがした。
36度の体温があったかい。
ギュッと抱きしめてくれる腕が愛おしくて、抱きしめ返すと微笑む優しい目元もとてつもなく好きだ。
水谷の体温を感じながらオレは安心して目を伏せる。


「ずっとこうしてられたらいいのにね」

水谷の胸に押し付けられる耳からは、心臓のトクントクンという規則正しい鼓動が聴こえた。


しあわせ、だった。
もう負けでも良い、と思った。



END






(喩えて云うならそれは、底のない硝子のよう)


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