Long
□ 後
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「ちょっと話があるから顔貸しなさいよ」
「………そ、」
僕の返事は聞かずに惣流は僕を引き摺るように大股で歩き出した。…こういうの、道端で時々見かける。散歩を嫌がる犬とその飼い主。………なんてつまらない事を考えて溜め息を吐いた。
それにしても顔を貸せだなんて、僕はこれから校舎裏とかに連れて行かれてサンドバッグにでもされるんだろうか。
「座って」
でも、予想に反して僕が連れて来られたのは以前カヲル君と座ったベンチだった。
「う、うん」
促されて、恐る恐る座る。
すると惣流も隣にドッカと足を組んで座った。
「はぁ―――…」
そして大きな溜め息を吐く。
一体何なんだ、と僕はうつむいて膝辺りを見つめた。
「カヲルの事、しつこく先生に聞いてるんですってね」
話は突然始まった。僕は惣流の顔へと視線を上げた。
「死にたくないならこれ以上詮索するのは止めときなさい。」
惣流の表情からは何の感情も読み取れない。
「惣…流………あ。」
けれど僕の方は逆に、その一言から新しい可能性を見つけて段々と気分が高揚してきた。
惣流が僕に忠告をした事とか、惣流が何故、僕がカヲル君の住所を調べようとしている事を知っていたのか…なんて、今はどうでもよかった。
そうだ、惣流だ。惣流がいたんだ。惣流はカヲル君の事を前から知っていたんだから、きっとカヲル君の家に遊びに行った事だってあるはず。
「惣流っ!!」
オドオドしていた僕が突然目を輝かせて声を上げた事に驚いたのか、惣流は目を丸くした。
「ダメよっ!」
でもそれはほんの一瞬。
惣流の顔は直ぐに引き締まったそれになる。僕が言わんとしている事を瞬時に察したのだ。
「ダメ、って事は…やっぱり知ってるんだ、カヲル君の家」
僕は引き下がらなかった。
「この際だからはっきり言っとくけどカヲルとあんたの生きる世界は違うの。いい?よーく聞きなさい。カヲルの家はね」
惣流は少し溜めて、こう言った。
「マフィアよ」
今度は僕が目を丸くする番だった。
「まふぃあ?」
「そう、マフィアよ、マフィア。わかる?恐ろし〜い悪の組織なのよ。」
マフィアって…ヤクザとか暴力団みたいな…正確にはちょっと違うような気がするけど…とにかくそういう恐ろしい団体の事だろうか。
そういえばいつもカヲル君を迎えに来る車…高そうな黒塗りの車だったなぁ。…うーん…言われてみれば、確かにそれっぽいかもしれない。カヲル君のただならない雰囲気とかも、生まれつきじゃなくてもしかしたら、育った環境のせいなのかも。
そうか…カヲル君の家ってマフィアとかやってたのか。初めて知った。
僕から聞きもしなかったし、カヲル君だって話さなかったから、そんな事全然知らなかった。…まさか本人からじゃなくて他人の口から知る事になるなんて。
「あんたなんて家の前に立った瞬間頭撃ち抜かれるわよ」
惣流の物騒な言葉に僕はえ、と口を開けた。
「そんなに物騒な家なの?」
「気の荒い連中がわんさかいるの。こないだなんか宅配便の人が殺されちゃったのよ」
「えぇっ?」
家の前に立っただけで殺されちゃうなんて、それはちょっと勘弁してほしいかも…。
「だいたい、気持ち悪いくらいずっとベタベタしてたくせに、一度も家に呼ばれなかった事をおかしいと思わなかったの?」
「ベ、ベタベタなんてしてないよ…」
確かに、放課後僕の家にカヲル君が来る事はあってもカヲル君の家に行こうって話にはなった事がない。
僕の方から行きたい、なんて、悪い気がして言えないし、カヲル君は僕の家で遊ぶのを「落ち着く」なんて言ってとても気に入っていたみたいだったから。…今思えば、気の荒い人たちが一人もいない家っていうのは落ち着いて当然かもしれない。
「………。」
成る程…。そうか、だから先生はあんなに頑なにカヲル君の家を教えようとしなかったんだ…。
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