Long
□薔薇の香り、罪の味 前
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何の問題もなく、穏やかな日々が続くと思っていた。
…ところが最近、この温室で困った事が起きている。
大切な薔薇たちが、日に日に少なくなっているのだ。しかも一度に消える量はかなり多い。もちろん、突然枯れた、というわけではない。誰かが勝手に持ち去っているようなのだ。
欲しいなら欲しいと一言言ってくれればわけてあげるのに。
持ち去る理由はどうあれ、こんな風に大事な場所を毎日荒らすような真似をされては、大人しい僕もさすがに黙っているわけにはいかない。
「鍵を新しくしてもらおうかな…」
まず、加持先生に相談して…
そんな事を考えていると、温室の入り口を軽く叩く音がして振り返る。
「カヲル君!」
そこにいたのは、僕の親友、渚カヲル君だった。
「やぁ、久しぶりだねシンジ君。ここに来れば君に会えると思って」
「体、大丈夫なの!?」
カヲル君は温室に入れないので、僕がそっちに駆け寄った。
「大丈夫だよ。心配をかけてしまってごめんね」
「いいんだよ、カヲル君。…あ、ちょっと待ってね。水をやったらすぐ出るから」
カヲル君とは、入学式に出会った。
銀色の髪に真っ白な肌、赤い瞳。まるで誰かに作られたかのような完璧に整った顔。スラリとしたライン。カッコイイ、というよりは綺麗な人だと思った。
カヲル君とすれ違うと、誰もが珍しいその姿に振り返った。
僕は桜の木に寄りかかりながら、カヲル君が歩いている姿をどこか別の世界にいる人のように見ていた。
背も低いし、成績もまぁまぁで特に秀でたところがない。目立たない、地味のお手本みたいな僕にとって、カヲル君はお伽話の登場人物…さしずめ王子様といったところだろうか。そんな、別次元の存在に思えたのだ。
そんなカヲル君と僕がこの中学校生活の中で交わる事などきっとないと思った。
だからその直後
「桜が綺麗だね」
そう言って彼が僕に、柔らかく話しかけてきた時はとても驚いたものだ。
そのあまりの驚きに、思わず小さく悲鳴を上げてしまった事は今思い出しても恥ずかしい。
それからどうした事か、僕とカヲル君は友だちになり、やがて親友になった。
クラスが同じだったので、僕らはいつも一緒に行動していた。カヲル君といる時間はとても楽しくて、学校が休みの日はつまらないと感じる程だった。
二年生になっても運良く僕らは同じクラスになった。でも、二学期中頃くらいからカヲル君の体調が崩れ、保健室で休む事が多くなった。そして、三学期になるとしょっちゅう欠席するようになった。もともと白かったカヲル君の肌はますます白くなっていくように感じた。
寂しかったけど、それよりもカヲル君の体が心配だった。
そして三年生になると僕らはクラスが別れ別れになってしまい、休み時間と下校の時くらいしか一緒にいられなくなってしまった。
その上カヲル君は、今や登校してくるのが珍しいくらいになってしまっていたので、電話やメールなどは毎日のようにしていても、こうして実際会えると本当に嬉しい。
温室が荒らされ、沈んでいた気持ちがカヲル君の笑顔で癒される。
こんな時、カヲル君にこそ僕が心を込めて育てた薔薇を贈りたいんだけど、カヲル君は薔薇が苦手なのでそれは残念ながら、できない。
どれくらい苦手なのかと言うと、恐怖症に近いくらいだ。
以前、試しにカヲル君に一輪薔薇を摘んで近付けてみた事がある。最初にカヲル君からその話を聞いた時の事だ。僕が加持先生に無理矢理園芸部に入部させらされた時の事。
僕はあの時、付き合いが浅かったせいもあって、カヲル君は園芸部に入りたくないが為に嘘を吐いているんじゃないかと疑った。だから、後ろ手に隠した薔薇を目の前に突然出したらどうなるか試してみたんだ。
カヲル君は目を見開いて、僕から素早く後退さった。…柔らかい笑顔が凍りついていた。…苦手は本当だったのだ。
その後、何度も何度も謝ったのは言うまでもない。
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