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「もうすぐ夏休み終わっちゃうね」
歩き出してすぐ、シンジ君が言った。
「………そうだね」
考えないようにしていた話題を出されて、上がり調子だったテンションが急に下を向く。
一歩一歩進む度にシンジ君の腰の、少し下辺りで揺れる手が気になった。
「あのね…ありがとう、カヲル君」
「え?」
「僕、凄く楽しかったよ」
「………」
どうして今、そんな事を、言うのだろう。まだ夏休みは終わっていないのに。まるでもう終わりみたいな言い方だ…
胸が締め付けられる。
まだ夏休みは終わってない。
「夏休みが終わるまでにはもっと楽しい事があるかもしれないよ?」
「あはは、もっと楽しい事?」
僕の言葉に笑うシンジ君。
何だか突然、離れていってしまうような気がして、僕は揺れるシンジ君の手を捕まえた。
「カヲル君?」
揺れなくなった手。
立ち止まる、足。
キョトンと見つめてくるシンジ君の目に、余裕のない僕の顔が映っている。
「………手を、繋いでもいい?」
我ながら大胆な事をしてしまったと思う。
中学生にもなって男同士で手を繋ぐなんて、例え相手が親友でも普通はしないだろう。
さっき砂の中で手を繋いだ時とはワケが違う。
気持ち悪がられたら、どうしようか。
シンジ君に拒絶されたら立ち直れないかもしれないのに僕は―――…。
「いいよ」
捕まえた手が、やんわりと握り返された。
海の音が、心地良く耳に響く。
揺れる手と手。
歩き出した足。
寂しさと、切なさと、我が儘を受け入れてもらえた喜びが同時に僕の中に存在している。
複雑な気分だ。
「何だか小さい頃に戻ったみたいだね」
普通は恋人同士でする事だとか、男同士でするのはおかしい、というよりもまっすぐに『子どもっぽい』という発想にいくところがいかにも純粋なシンジ君らしかった。…そしてあくまで僕は、シンジ君にとって友だちなのだ。
それは嬉しいような寂しいような、また複雑な気分になってしまう。この気持ちを知られたくないけれど、本当は知ってほしくもあるように。
僕の心はいつも正反対の思いが反発し合っていた。
「…さっき、シンジ君と手を繋いだのがとても楽しかったんだ。親以外の誰かと手を繋ぐなんて、初めてだったから知らなかった」
嘘は言ってない。…だが、本音は別にある。
シンジ君を友だち以上の目で見ている僕としては、シンジ君に触れる事に対してただただ貪欲だったのだ。
初めてシンジ君がここに来た日、寝ているシンジ君にキスしてしまってからずっと、シンジ君の寝室に行くのを控えていた。
良い友だちであり続ける為に、夏休み前よりも意識してシンジ君に触れないようにしていた。
とても辛かったが、シンジ君に気持ちを知られて拒絶されてしまうよりはマシだ。
僕はシンジ君を失いたくない。
それなのに
シンジ君が僕の手を、握るから。
シンジ君の肌の感触、シンジ君の体温、僕の手を握るシンジ君の手の力加減…
砂の下で触れ合った感覚が忘れられなくて。
我慢し続け、飢えていたところへ求めて止まなかった、甘やかな刺激。
必死にせき止めていたダムの隙間から、少しずつ漏れていく欲望。
嗚呼、もっと触れたい。
握り返された手が、まるで求められているような錯覚を起こさせる。
「僕もだよ」
「え?」
「僕も…。母さん以外と手を繋いだの、初めてだよ。おんなじだね」
はにかむシンジ君に胸が押し潰されそうになった。
何て顔をするんだろう、この少年は。
どうして表情ひとつで僕の全てを支配できてしまうんだろう。
シンジ君は凄い。
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