Long

□紅い檻
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「その本、面白いのかい?」

彼は相変わらず真っ赤な顔のまま頷いた。

「うん、まぁまぁ面白いんじゃないかな。これ、実は前に一度読んだ事がある本なんだ。今日は何か無性に読み返したくなって…。二度目は大丈夫だと思ったんだけど同じとこでまた泣けちゃったよ」

照れくさそうに言った彼が、妙に目に焼き付いた。

普段無表情の彼が、こんな顔をするのかと。

面白い。もっと彼の事が知りたい、と、漠然とそう思った。

「その本、興味深いな。君の次に僕が読んでもいいかい」
「え?あ、うん。僕は一度読んだ事あるし。」

パタンと本を閉じて、快くそれを僕へ渡す。それから壁の掛け時計へと顔を向けた彼はああもう帰らなきゃ、と言って立ち上がった。

「じゃあ」

逃げるように…。とまではいかなかったがそそくさと彼は図書室を出て行った。まぁ、見られたくないところを見られてしまったのだ、気まずくもなる。


彼に興味を持った僕としては少し寂しさを感じながら、彼から受け取った本をパラパラと捲った。

そして、まだ乾いていない、涙の跡が残るページを見つけ出して読んでみる。…何て事はない、三流小説にありがちな悲劇的展開が広がっていた。

彼はこんな事で泣けてしまうのか。そう思うと何故か、妙に暖かい気持ちになって自然と口元が緩んだ。




次の日、廊下で見かけた彼は相変わらず一人で、無表情だった。移動教室なのか脇に教科書を抱えている。

話しかけてみようか…?

しかしそんな事を考えている内に、彼は僕を見もせず横をすり抜けて行ってしまった。

昨日の事で相手に関心を持ったのは僕の方だけだったらしい。…少し寂しい。

しかし、こうしてみると図書室で見た彼はつくづく貴重だったと気付かされる。その日、何度か見た彼は一度も表情を崩さなかったし、崩す素振りもなかったのだ。


ますます興味を持った僕は、それから毎日彼を観察した。…しかし彼は本当にいつもつまらなそうで、休み時間、教室にいる時は大体頬杖をつき外を眺めてはため息を吐いている。…本は読まないのだろうか?

誰かから話しかけられると、うっすらと口元に笑顔を作る愛想はあった。

しかし基本的に自分から誰かに話しかけようとはせず、常に好んで一人でいるようだった。

そんな彼を誰かが根暗だのつまらない奴だの言っているのを聞いた。…かなり不愉快になった。




僕は、彼を観察する中である事に気付いた。

…彼と僕はどこか似ている。

生まれ持っている+aで立場は違うものの、僕も基本的に一人が好きだし、誰かから話しかけられなければあまり笑う事もないだろう。

周りから言われた事に逆らわずただ流されるように生きているところも似ている。思えば僕は自分から進んで何かしようと思った事はない。激しく自己主張をする事がないというか。


言われたからやる。自分がやらなきゃいけない空気だから、やる。今までそんな毎日だった。

そう、だから今、自分の意志でもってしている彼の観察がとても楽しい。初めて興味を持った事だと言っても過言ではない。

…彼の好みもわかった。

彼は音楽が好きだ。(僕も好きだ)彼は放課後になると時々音楽室でチェロを弾く。(僕はヴァイオリンが弾ける。いつか合わせてみたいな)彼は人気のない所でひっそりと本を読むのが好きだ。(本を読む最中、感情が表情に出てしまうのは自覚アリなのかな?…多分僕しか見ていなかったと思うけどこの間も図書室で本を読んでいて笑っていた)現実から空想の中へ逃げ込むのが好きだ。(よくイヤホンをして音楽を聞きながらぼんやりしている。自分だけの世界で何を思うのだろう)

一人遊びが上手だ。

きっと彼と友だちになれたら毎日が楽しくなると思う。…嗚呼、友だちになりたい!

…しかし何を躊躇っているのか、僕は彼になかなか話しかけられずにいた。




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