Long

□紅い檻
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※現代パロ
最初爽やか後味激悪




僕は常に、何事に対しても淡泊だった。




親に言われるまま勉強し、習い事をし、期待に応えられるよう努力する。

友人関係も同様だ。

来る者は拒まなかったし、喧嘩もした事がない。(仲裁をした事なら何度かある)

委員会の役員に推薦されれば快く引き受けた。

今までの自分はとにかく、他人が用意した道を転ばないように気を付けて歩いてきただけだった。

僕が全てにおいて『NO』と言う言葉を使わなかったのは、特に断る理由がなかったからだ。

他に理由なんてない。

きっとどうでもよかったんだ。

無気力。

自分から何かしようと言う意志は皆無。

まるで生きた人形だという自覚があった。

…だから、僕が実はどうしようもなく我が儘で独占欲が強くて、嫉妬深い生き物だと気付かされた時、本当に驚いたんだ。




気付かせてくれたのは親でも友人でも、学校の先生でもなかった。

今まで何の接点もなかった、もしかするとあの時あの場所で出会わなければ一生関わらずに終わったかもしれない一人の少年だった。




僕にできた初めての宝物。









***





それは去年の秋の事だった。

その頃僕は彼の隣のクラスで、彼に何の関心もなく、たまたま廊下ですれ違っても視界を流れていくだけの存在だった。

彼は特に、これといって目立つことのない…むしろ地味なタイプの少年で、特別仲のいい友だちもいないらしく、だいたい一人でいる事が多かった。

一方、僕は彼とは真逆で、いつも数人のクラスメイトに囲まれていた。自分で言うのも何だが、クラスの人気者、といったところだ。…別に望んだわけじゃないが。…おそらく来る者拒まずな性格と、少しばかり人より整った容姿のせいだろう。何もしなくても勝手に寄ってくるのだ。

そんな僕らがたまたま交わう機会があったのは、ある放課後の事だった。

その日は明日までに提出しなくてはならない課題の調べ事があった。5、6人で組んだ班での作業だったのに、他の全員が運動部であったり急な用事ができたりなどで困っていたので僕が一人で引き受けた。…班で唯一の帰宅部だったからね。それに、作業中中途半端に参加してチラチラ時間を気にされても迷惑だ。

ホームルームが終わって図書室へ行くと、図書室の約半分を占める大きな長机の中央でただ一人、ポツンと誰かが本を読んでいた。…それが彼だった。


とても集中していたらしく僕が斜め向かいに座っても気付かない様子だった。

僕も彼を気にしなかった。ただ見かけた事がある程度の、地味な少年。その程度の存在だったから。

しかししばらくしてふと顔を上げた時だった。…うつむく彼が、僅かに笑っているのが見えた。




とても、貴重なものを見てしまった気がした。




それはきっと、視界に入る時の彼がいつも無表情に近い顔しかしていなかったせいもあるだろうし、話した事も目を合わせた事すらない僕の前でこんな風に笑うのは普通なら有り得ない事だろうから。

こんな風に笑うのかと、しばらく物珍しさに見入ってしまったが、自分の世界に入ってしまっているところをあまりジロジロ眺めるのは失礼だなと資料に視線を戻した。


それからまたしばらく時間が流れて、もう運動部も終わりなのだろう、空は薄暗く校庭から入る音はほとんどなくなり、図書室は本を捲る音と、自分の動かすシャープペンの音くらいだった。

しかしふいに、斜め前からパタッという不思議な音が聞こえて視線を上げた。

それは、彼から発せられた音だった。…正確には、彼の瞳から涙が零れ、本に落ちた音だった。

「あ…」

驚いて思わず声を上げてしまった。

彼の瞳が素早く僕を捉えた。そして見開かれた。

彼の顔がみるみるうちに真っ赤になった。

「だ、大丈夫…?」

こんな事しか言えなかった。彼にしてみたらきっと僕に気付いてなどほしくなかっただろう。自分の泣いているところなんて。

「あ…ご、ごめんね」

彼は指で涙の跡を拭うと、何故か僕に謝った。…初めて会話した。声変わり前の少し高い声だった。

この気まずい雰囲気を誤魔化す為にも僕は何か会話を続けないといけないような気がした。




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