僕、アイドルになります!

□ 2
2ページ/7ページ







***




「大人は汚い」

僕は今控え室でしかめっ面のままミサトさんに化粧をされている。

約一時間前、下校していたらミサトさんが待ち伏せしてて、『3時間後にインタビューとその2時間後に歌番組が入ってるわ!早く乗って!』と言って来たのだ。

僕は無言で、ひたすら早足で横をすり抜けた。

でもそんな僕をミサトさんは逃がしてくれなかった。腕をガッチリホールドされる。

『ユイ!仕事よ!』
『い、嫌だよっ!!一回だけって言ったじゃないか!!』

振り切ろうと必死な僕。

『つべこべ言わない!!男の子でしょう!!』
『男だから嫌なんだ―――ッッ!!!』

そう叫んだ後、お腹に強烈な痛み。遠のく意識。

次に目を開けた時、僕は知らない部屋で水色のフリフリワンピースを着てソファーに横たわっていた。

「そんな顔しないの。今話題ナンバーワンの新人アイドルが」


帰ろうにも服や、財布の入ったバッグを隠されてしまった。この目立つ女装姿で一人でコッソリ家に帰れるわけもない。っていうかこの部屋から出る勇気すらない。

僕は仕方なくまたユイを演じる事になってしまった。

「一度だけって言ったのに…。無理矢理こんな事させて。人権侵害ですよ、コレ」
「しょおーがないでしょ。人気出ちゃったんだからぁ」

そう、理解し難い事にユイはあの出演でかなり話題を呼んだ。

番組終了後、ユイに関する問い合わせが殺到した。その事は後から聞いたんだけど、僕自身、学校に行ったら友だちがユイの話題で盛り上がってて冷や汗をかいた。

それで何となく、嫌な予感はしていたんだ。

本格的に売り出されてしまうんじゃないかって…

「たったあれだけの出演であなたのファンクラブまでできたのよ?少しは喜んだら?」
「女装姿でアイドルなんかやらされてなければ喜びます」


…予感的中だ。

会社が人気に伴ってユイのファンクラブを作ったらしい。頼んでもいないのに…

馬鹿じゃないの。ファンクラブとか…馬鹿じゃないの。馬鹿でしょ…もう嫌だ。

そして既に会員がいるっていうからこの世はどうかしてる。しかもほとんど男。

もう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だ…

「はい、終わりっと!さぁユイ、出番よ!」

ウィッグを着けて鏡を覗けば、そこにユイの姿がしかめっ面で映っていた。




僕はその日、何の問題もなくインタビューと歌番組をこなした。




***




汚いよ。

ギリギリで話を持ってくるなんて。僕が断りづらい状況でいきなり来てさ。
そりゃ、前もって話されたらもちろん全力で逃げるけどさ…。

「僕、もう絶対嫌ですからね」

化粧もウィッグもヒラヒラの服も無しの、すっかり普通のシンジに戻った僕はミサトさんの車の助手席でムスッと言い放った。腕に紫色の薔薇の花束を抱えながら。


「珍しいわよね紫色の薔薇なんて」
「僕、もう絶対嫌ですから」

「それファンの子からでしょ?良かったわね〜。カードには何て書いてあるの?」
「…聞いてるんですかミサトさん。僕はもう絶対…」

ミサトさんは苦笑いしながら僕を家まで送り届けた。

「じゃあまた明日ねシンジ君」
「いいえ、永遠にさようなら!」

"また明日"という事は明日も何かさせられるって事だろうか。拉致されるって事だろうか。

冗談キツい。

明日は絶対絶対、捕まらないようにしなくちゃ。

僕は花束に付いているカードを見た。

『活躍を楽しみにしています。あなたのファンより』

音楽番組をこなした後楽屋に戻ったらひっそりと置いてあった花束。

紫色の薔薇なんて、高いだろうに…。こんな僕の為に、紛い物のユイに…可哀想な人だ。

ありがとう、でもごめんなさい紫の薔薇の人。僕はもうユイ、やりません。




そして次の日、しかし僕は前日の決意も虚しく帰り道で再び気を失うハメになる。

おかしいな。裏門から出たのに。

何でバレたんだ…




*
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ