Short
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※シンジ君受験シーズン
ひたすら勉強をする、というのは、僕の中では現実逃避の手段としてとても有効だった。
唯一、学校でのみ僕は僕でいられる。
家に帰れば馬鹿みたいな女の子の格好をさせられて、渚カヲルに好きなようにされなくてはならないからだ。どんなに横暴で理不尽な命令をされようと僕は逆らう事ができない。
更に渚カヲルは学校でだけは主従関係から解放してやると言ったくせに、時々僕を人気のない場所に呼び出して変な事をしてきた。主従関係から解放されている今ならと、それで渚カヲルを拒むと家に帰ってからその事をネタにネチネチといじめられた。
けれど僕がこんな事になってから半年程経つと、一年上の渚カヲルは中学を卒業していった。後輩や同学年の女の子たちは悲しい寂しいと泣いていたけど、僕は嬉しくて泣きそうだった。
渚カヲルがいない学校はとても楽しい。呼び出される事もないし偶然ばったり会う事もない。一度も、だ。
学校が、勉強がこんなに楽しいと感じるなんて驚きだ。勉強に集中すると他の事を考えずに済んだ。
家での事、渚カヲルの事、将来の事。
暇な時間ができると、僕はとにかく勉強をした。
おかげで成績は鰻登り、僕は一気に学年トップになった。それはまるで僕自身が認められているような気分だった。頑張れば頑張っただけ成果が上がる。先生から誉められる。周りのクラスメイトから賞賛の声を浴びる。とても気持ちがよかった。
学校でだけ、今僕は生きている、という実感が湧いた。
でも、その余命もあと少しだった。
僕も、もう少しで中学を卒業しなくてはならない。義務教育である中学を卒業したら、渚家の召使いに強制永久就職。僕に未来はない。
一日中渚家にいて掃除やら雑務やらをひたすらこなす日々が待っている。…けどそれでも、今同様に夕方頃までは高校に通う渚カヲルと顔を合わせなくて済むし、他の使用人ともうまくやっている。大丈夫、きっと慣れてしまえばどうという事もないだろう。今は残り少ない学校生活を存分に楽しもう。
けれど受験シーズンに入ると、担任の先生から毎日のように呼び出される羽目になった。
僕が中学卒業後の進路を"就職"としたからだ。
考え直せ、せめて高校は出ておけ、などと毎日説得される。特に意味もなく、無駄に学年トップになってしまった事を今更ながらに後悔した。僕が学年最下位だったらこんな事にはならなかったはずだからだ。失敗した。
事情を話すのは絶対に嫌だったので、僕は呼び出される度に父親が営む会社を一刻も早く手伝いたいのだと話した。
そんなある日の事だ、朝、渚カヲルを起こす為に部屋を出ると他の使用人から受験票とメモを渡された。
え、と、首を傾げると、使用人は良かったな、きっと旦那様の粋なはからいだよ、と言って笑った。
旦那様って…。渚カヲルの言う、ジィさんの事だろうか。
メモには試験会場と開始時間等々が書かれている。…県内で一番レベルが高い男子校だった。つまり僕は、行きたいのであれば、そして受かる事ができれば高校に通わせてもらえるらしい。
"旦那様"のはからいに感動している使用人の前でだから一応笑って返したけれども、僕は嬉しくとも何ともなかったしむしろ冗談じゃない、というのが正直な気持ちだった。何故ならその高校は渚カヲルが通っている学校だからだ。
渚カヲルと同じ学校に通うくらいなら高校なんて行かない方がましだ。だいたい、これ以上勉強なんかしたって辿り着く先は結局同じなのだ。
これが例えば、渚カヲルと別の高校だったなら少しは考えたかもしれない。どんなレベルの高校でも、昼間自由になれるなら。
僕は受験日当日、一応は試験を受けに行って、そして白紙を提出した。名前すら書かなかった。
これでいい。僕は渚カヲルと同じ高校に行く日々よりも、渚カヲルから半日、完全に自由になれる日々をとったのだ。
いつものように渚家の裏門をこっそりとくぐる。行く必要はないけど明日も学校へ行こうとか考えながらドアを開けた時だった。
仁王立ちした渚カヲルといきなり対峙する羽目になった。
「おかえり、シンジ君」
「カヲル…様?」
こんなところで何を、と言おうとして先に喋られる。
「白紙で出したんだって?テスト」
思わぬ言葉に僕はギク、と体が震えた。何でその事を、
「どういうつもり」
いつもニヤニヤを顔に貼り付けている渚カヲルは、今は不機嫌そのものといった風に僕を睨みつけている。
まずい、
僕は緊張した。
「あ…と、問題、難しくて」
苦し紛れという事はわかっていた。僕は名前すら書かなかったんだから。
「嘘吐き。僕が君の成績、知らないとでも思ってんの?」
「………。」
渚カヲルの機嫌を損ねる事程愚かな事はない。
こいつは、普段思い通りにならない事がほとんどないからか自分の思い通りにならない事が起きたりすると癇癪を起こすのだ。それも、僕にとって最悪な起こし方で。
渚カヲルが学校で癇癪を起こしたと聞いた事はないし、噂で聞くこいつはとにかく爽やかで人気者、という良いものだけだから家でしか起こさないんだろう。…つまり僕は良いストレス発散口なのだ。
「僕と同じ学校行くのがそんなに嫌なわけ?」
ズバリ、図星だった。
僕は渚カヲルの足元辺りを見つめながら必死に言い訳を考える。
「ち、違、あの、だから…その、学費、とか悪いし」
「嘘吐くなよ。君が嘘吐く時目をそらすのわかってんだからね」
…まずい。
「…」
「…」
うまい言い訳が思いつかない。
「…」
「へぇ?ほんとに嫌なんだ」
どうしようどうしたら。
心底困って黙り込むと、突然強く腕を掴まれた。
「ねぇ、生意気だよ、シンジ君。最近昼間僕の目の届かないとこにいたから忘れちゃったのかな、君が誰のものなのか。」
「そ、そんな事」
血の気が引くのを感じた。
ヤバいヤバいヤバい。
完璧に怒らせてしまった。
「シンジ君。君、躾直さないとだめだね。君が誰のものなのか改めてわからせないとね」
グイと腕を引かれて靴をはいたまま家の中にあがりこむ事になってしまった。
「カヲル様!あのっ、靴っ、」
僕の言葉を無視して渚カヲルは歩き出す。
裏口からすぐの僕の部屋、小さなベッドの上に乱暴に投げ出された。
「っ、」
スプリングが効いているおかげでそんなに痛くはなかったけど、衝撃に目を瞑った直後渚カヲルが僕に覆い被さってきた。
赤い目が至近距離で僕を睨みつける。
…何だろう、何かがおかしい。
いつも癇癪を起こした渚カヲルは僕を床に立たせたまま悪戯をしたり、僕に自分で恥ずかしい事をさせてそれを意地の悪い笑みを浮かべながら眺める、というのが常だった。
でも今僕は、ベッドに押し倒されているわけで。
まさか、
頭の中に最悪のビジョンが浮かぶ。
いつかそうなってしまうかもしれないと恐れていた事が、
「カヲル、様…あ、の」
渚カヲルにとって僕が性的な対象となり得る事は、長い間辱められ続けて嫌と言う程わからされていた。僕に悪戯をする渚カヲルのズボンが押し上げられているのを何度も見ているのだから。
幸い、"ソレ"を処理させられた事は一度もないけれど。
もう、男が男をどうこうするわけがないとか、そんな僕の常識が通じる相手ではない事もわかっている。
いくら何でも、イジメをしたいが為だけに同性の体を舐め回したりはしない。僕には到底理解できないが、渚カヲルにはそれが楽しいのだ。いい加減気付いた。
渚カヲルはアブノーマルだ。
でも、でも、ちょっと、待って。
「シンジ君は僕のものなんだよ」
渚カヲルは僕を、しばらくの間睨みつけるように見下ろしていた。
「全部、僕のなんだ」
雰囲気が、いつもと違った。僕を自分の思い通りにして楽しもうとするいつもの雰囲気じゃなくて、もっと、切羽詰まった、
「わかってるの?…ねぇ、」
全力で制圧するといった、
「いくら君が僕の事が嫌いでも、僕を拒む事は絶対に許されないんだよ?だって、君は僕のものなんだから。ねぇ、わかってる?ちゃんとわかってるの?忘れちゃってるの?それともわかってて僕を苛つかせたいの?」
本気の怒りを感じさせる雰囲気だった。
「…」
「…」
何も言えずに見つめ返すしかできない僕の服に、渚カヲルの手がかかる。
「あ、の」
「黙って」
渚カヲルは無表情のまま中学指定の紺色のコートを、学ランを、ワイシャツを、次々に剥いでいく。そして、
「カ…カヲル様」
「黙れって言ってるだろ」
ベルトを解かれ、ズボンと、下着も剥がれた。僕は靴下だけの姿となる。
ここまであからさまに素肌を晒したのは初めてだった。
いつもは服を着たまま変な事をさせられていたから。
「………」
ゴク、と、頭上で唾を飲み込む音が聞こえた。
怖くて、渚カヲルの顔が見られない。獰猛な、獣のような目で見られていたら、どうしよう。
首筋に、その渚カヲルが顔を埋めてきた。生ぬるい感触の後、キツく吸われる。
「っ、」
嫌だ、今、痕を付けられたかもしれない。またしばらく教室で学ランが脱げなくなる。
思わず眉を寄せると、途端、渚カヲルが乱暴にキスをしてきた。
それと、手が、渚カヲルの手が、僕の内股に滑っていく。
「ぅ、んっ、」
気持ち悪くて足を閉じようとしたが、無理矢理手を足の間にねじ込まれて、そして、
「!!!」
一番恐れていた場所を指でなぞられた。
ああ、もう、ダメだ。
頭に思い浮かんだ言葉。
やっぱり、
予想通り、
僕は今から、ついにすべてを捧げる事になったようだった。
目を、
目を、瞑っていよう。
目を瞑って、心を奥の方に押しやって、我慢していればすぐ終わる。
目を瞑って…、
目を、
そしたらすぐに終わるから
だから目を瞑って、
目を…、
「い、た…っ!」
***
裸の渚カヲルの腕に抱かれて、僕は放心していた。何故か、行為が終わってからずっと頭を撫でられている。
明日、学校へ行けるだろうか。顔、おかしくないだろうか。目が腫れているようなら学校へ行くのはやめよう。
昼間渚カヲルと顔を合わせる事がないなら何でも良い。幸い明日渚カヲルは学校がある。
「ねぇ、シンジ君…僕が何でわざわざむさくるしい男子校なんかに行ってると思う…?」
ふいに渚カヲルが口を開いた。
こんなに穏やかな声で喋られるのは初めてだった。単に疲れて眠いだけかもしれないが。
お前が男に興味あるからじゃないの、と頭の中だけで応える。
「シンジ君が、女の子しか好きにならないからだよ…。」
僕には渚カヲルの言っている意味がわからなかった。僕がノーマルな人間である事とアブノーマルな渚カヲルが男子校に行く事に何の関わりがあるというのか。
…僕は関係ないだろう。僕はお前の手に運悪くかかった被害者であるというだけだ。
「言ってる意味、わかる…?」
わからないよ。わかりたくもない。
頭を撫でる手つきの優しさに、僕はウトウトしてきた。よっぽど疲れきっていたのだ。渚カヲルなんかの手でこうなるなどと、普段なら有り得ない事だ。
「シンジ君…寝ちゃった?…シンジ君…」
額にキスをされたような気がしたが、僕はその時、眠気に従って意識を手放していた。
***
数週間後、僕は学校で、校長室に呼び出された。
校長室だなんて僕は何かしでかしたのだろうかと不安になる中、校長室に入ると、担任の教師やその他数人先生がいて、そして、その中央で校長先生が笑っていた。
「おめでとう碇君」
そして突然、大きな封筒を渡された。
有り得ない物だった。
白紙で出した試験の、合格通知だった。
拍手の音が校長室に響いた。
オワリ
+++
(;∀;)頑張れシンジ君。
10.07.03