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□二人だけで踊ろう!
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※病み病み渚君
「ねぇ、僕以外誰もいなくなったら」
「?」
しつこくつきまとってくる渚を無視していたら、突然渚が何か呟いた。
「君が帰る場所とか、心の寄りどころとか…そういうの全部なくしたら僕の事、嫌でも無視できなくなるよね?」
***
その日の渚は特にしつこかった。友だちなんかいらない、君の事なんて好きじゃない、もう構わないでくれ。…何度もそう言ってるのに、朝玄関の前で待ち伏せられて、それからアスカのお見舞いに着いて来たり、学校に行きたくなくてブラブラ歩いているのを後ろからずっと着いて来たり、無理矢理家に上がり込んできて夕飯を食べたりした。(僕とミサトさんと渚の三人で食べた)
その後はさすがに帰ると思ってたけど、ダメだって言ってるのに僕の部屋に押し入ってくつろぎ始めた。
図々しいにも程がある。…特に今日は。
いつもならある程度あしらってれば諦めて帰るのに…
「シンジ君はたくさんの人と関わり合って生きてるよね」
「…」
僕も前に渚の部屋に置いてもらった恩があるし、追い出すのは気が引けた。
仕方がないから渚の事は置物か何かとでも思って音楽を聴く事にした。
渚に背を向けてうつむき、目を閉じる。
「今日、セカンドに話しかけてたね。そんな事したって無駄なのに。…君毎日あんな事してんの?」
「…」
「前のファーストに会いたい?死んじゃったからもう会えないけどさ」
「…」
「葛城三佐って笑い方わざとらしいね。別にムリに笑わなくていいのに」
「…」
「シンジ君て司令の事よくチラチラ見てるよね。嫌い嫌いって言いながら結局好きなんでしょ父親が」
「…」
コイツ、わざと僕を怒らせようとしてるな…。
「…」
…悟った僕は意地でも無視した。
誰が思い通りになってやるか。
イヤホンから流れてくる音楽に集中する。
「…あくまで無視?」
「…」
「ねぇ」
「…」
「…」
「…」
しばらく耳には音楽だけしか流れなかった。
「………………………。」
ようやく話しかけるのを諦めたか、帰ったか。
ふと目を開けると渚の足が見えた。渚は僕の目の前に立っていた。顔なんか見ないけどきっと僕を見下ろしてる。
「ねぇ、僕以外誰もいなくなったら」
「?」
「君が帰る場所とか、心の寄りどころとか…そういうの全部なくしたら僕の事、嫌でも無視できなくなるよね」
戯言を。
「さすがのシンジ君でもさ…世界で二人きりになったら、もう僕しか頼る人いないもんね」
何が言いたいんだろう。そんな有り得ないもしも話なんてして、何の意味があるんだ?
「じゃあねシンジ君、また来るよ」
意味がわからない渚はそう言って帰った。
「………………何言ってんだあいつ」
僕はイヤホンを着けたままベッドに入って、そのまま眠りについた。
それが最後の、普通の夜だった。
***
次の日の朝、目覚めるとミサトさんは既にいなかった。珍しく早起きしたらしい。
学校へ行けとうるさいミサトさんがいない。
僕は目玉焼きとパンを焼いて食べて、食後に紅茶を飲んでのんびりした。
それからふと、ちょっと早いけどアスカのお見舞いに行こうと思いついて制服に着替える。
そうして外へ出て、間もなくの事だった。
…身の周りの異変に気付いたのは。
「な…何だよこれ…」
音が。
静かだとは思っていた。朝起きてから、やけに静かだなと。
しかし外へ出るとその静かさが異常だと気付いた。
何も、しないのだ。音が。
自分がたてる音以外何も。自分以外の他人がたてる音が何も聞こえてこない。
誰もいない。
どこを見ても誰もいない。
蝉も鳴いていない。
そういえばさっきはペンペンにも会わなかった。
いつも通りの風景なのに、まるで人だけが、自分以外の生き物だけが世界から切り取られてしまったように。
コンビニだって、病院だって、自動ドアは普通に開くしクーラーも効いている。
それはどこも一緒だった。
特に引っ越した形跡もない。
店には商品が並んでいる。
電気も通ってる。
水も出る。
ライフラインは全て問題ない。
知らない家に入ってみた。
誰かが作った朝食がテーブルに並んでいた。
湯気がたつ食事。
ついさっきまで人がいたみたいなのに。
でも、誰もいない。
どこへ行っても、どこを探しても誰もいない。
「何なんだよ…みんなどこ行っちゃったんだよ!!」
誰も応えてくれない。
「ミサトさん!アスカ!綾波!………………父さん…っ!どこにいるんだよ!!誰か応えてよぉ!!」
僕はがむしゃらに走り出した。
「誰かいないの!?誰か…っ!誰かあ!!」
学校、ネルフ、綾波の家、よく行く店、知らない店、知らない家、知ってる道、知らない道、走って、走って………そして絶望した。やはり誰もいない。
「ぅ…うう…みんなどこ行ったんだよ…何でいないんだよォ…」
だいぶ長い事走り回っていたけれど、暗くなって来たので今日は帰る事にした。
クタクタに疲れて、泣きながら歩いて帰った。
家にはやっぱりミサトさんはいなくて、ペンペンもいなくて。
「これはきっと夢だ、悪い夢」
シャワーを浴びながら自分に言い聞かせる。
ご飯を食べる気にはなれない。ただ、もう眠りたい。
きっと明日になったら、寝て起きたなら、またいつも通りの朝がやってくるはずだ。
でも、いつも通りの朝なんて、やってこなかった。
朝起きるとやっぱり昨日と同じように静かだった。
新しく気付いた事だがテレビは観られない。砂嵐が流れるだけ。それと音楽も聴けない。歪んだ音が数秒流れ、すぐ止まってしまう。これは他でも試したが一緒だった。
僕は行くのが嫌だった学校に行く事にした。
ケンスケや委員長がいないなら、行きたくない理由はないからだ。
誰もいない学校。
いつも通り校門もドアも開いていて、いくつかの教室は窓が開いている。…誰が、開けたんだか。
昨日から何も食べていないので購買でジュースといくつかパンをもらって屋上に上がった。少し気が咎めたがどうせ誰もいないのだ。それに、誰か叱ってくれるなら、是非叱ってほしい。
絶望的な気分は昨日と変わらなかったが、今日はだいぶ気持ちが落ち着いていた。もうがむしゃらに走り出そうなんて思わない。ただ、眼下に広がる誰もいない街を少しの期待を込めて眺めた。
これからどうしよう。
何がどうなっているかはわからないけれど、どうやら僕は一人ぼっちらしい。
今までも孤独感は心にいつでもあったが、それでも人がいた。
けれど今は本当に孤独なのだ。
誰でもいい、誰かに会いたい。
自分以外の誰かが生きてる確認をしたい。
試しに日本中、誰かいないか探してみようか。
日本がだめなら世界中だって…
「!!!」
これからの事を考えていた、その時だった。
音楽が、聞こえた。
ピアノの音。
誰かがピアノを弾いている!
僕は駆け出した。
音がする方を目指してひたすら走った。
これがなんの曲かなんて、考えもせずに。
「―――…!」
ドキドキしながら音のする音楽室のドアを開けると、途端に僕の気持ちは萎んだ。
「や、来てくれたんだシンジ君」
1日ぶりに見るヒト。
でもそれは、会いたくなかった、ヒト。
「第九…君と初めて会った時もこの曲弾いてたよね、僕」
後ろ髪がピンピン跳ねた銀色、満足気に笑う赤色。
渚カヲル…
ずっと視界から外していたから顔を見るのは久しぶりだ。
「な…何で渚が…いるんだよ」
僕はドアノブを掴んだまま、音楽室には入らない。
「何でいるって言われてもなぁ。フフフ、何でだろうね?」
渚は僕に話しかけられたのが嬉しかったらしく、ピアノを弾く手を止めてニコニコ笑った。
「変だよね?昨日から誰もいないんだ、この世界に誰も。…僕と、君以外」
そう言う渚の顔はちっとも『変』だと思っていなそうだった。
「これからはお互い仲良く助け合って生きていかないとだよね。だって、もう世界で生き残ってんの二人だけなんだもん」
ゾクリ、と寒気が走った。
嬉しそうに喋る渚の笑顔がやけに怖い。
「そうだろ?シンジ君」
コイツは、渚は。
「…な…何、した、お前…」
「え?」
「何を…した…」
「何が?」
「お前だろ…お前なんだろこんな事になったの、お前が何かしたんだろッ?!」
でなければおかしい。
まるで僕が来る事を知っていたような態度も、わかりきったように『生き残り』なんて言うのも!
それに、思い返してみたらコイツはこの間の夜、わけのわからない事を言っていた。
『ねぇ、僕以外誰もいなくなったら、君が帰る場所とか、心の寄りどころとか…そういうの全部なくしたら僕の事、嫌でも無視できなくなるよね?』
間違いない。
その次の日、人が、生き物が全て消えたのだから。
「あははっ、何言ってんの?そんな事できるわけないじゃん。変なシンジ君」
「だって…だって―――!!」
「僕みたいな普通の中学生一人に何ができるって言うのさ。」
「でも―――…」
「ほら、消えちゃった奴らの事なんて考えててもしょうがないだろ?それよりさぁ、これからどうやって生きてくかとか、そういうの考えた方がいいんじゃないかなぁ」
「…っ。」
確かにそうだ。
普通の中学生一人に世界をどうこうするなんて考え、馬鹿げてる。
それに、忽然と消えてしまった人たちの事をどうこう考えるより、これからの事を唯一、僕と同じ『生き残った』渚と考える方が得策だ。
でも
「でも…何で君なんだよ」
「さぁね?たまたまだろ?」
「何でたまたま君なんだよ」
「僕が一番君に相応しいからじゃない?」
「…っ」
僕は音楽室のドアを閉めて、廊下を駆け出した。
「逃げたって無駄だよ!どこまで言っても君にはもう僕しかいないんだから!!」
背後から渚の声が追いかけて来た。
「あはっ、あはははは!あはははは!」
何が可笑しいんだよ。笑うなよ。笑うな!!
「助けてよ誰か…助けて!!」
***
ネルフ施設内にある病棟の一室で、葛城ミサトはその少年たちを見下ろしていた。
「目覚めなくなってもう1ヶ月…か。原因、まだ解らないの」
その背後に立っていた白衣の男は、申し訳なさそうにはいと呟く。
「二人とも脳波、脈拍は全て正常…身体にも特に異常は見られません。何故こんな事になったのか…」
「それを調べるのがあなたたちの仕事でしょう!」
張り詰めた空気が室内を包んだ。
「八つ当たりはお止めなさい、ミサト」
「リツコ…」
病室の入り口に花を抱えた、ミサトの親友であり、仕事仲間でもある赤木リツコが現れた。
リツコは呆れたように息を吐きながら少年たちの眠るベッドへと向かう。
「…彼、まだ離さないの」
「どうやってもね」
ミサトとリツコが見下ろす少年たちは、ピッタリとくっつけた二つのベッドの上で寝息を立てている。
そして、片方の少年は、もう片方の少年の手を掴んでいた。
「いつからなの」
「シンジ君のお見舞いに来た時からよ。監視カメラに映ってたわ。…手ぶらでいきなり来たと思ったら、ベッドに上がり込んで一緒に寝始めたのよ。手を握ってね。…で、目覚めなくなったの。…も、どーなってんのよ…」
苦しそうに歪むミサトの視線の先、しかし少年たちの目覚める気配は一向になかった。
END...
09.03.21