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□何だコレ、何だろう。
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※ほのぼの
「おはよう、まいすいーと!!」
玄関を開けたら、そう言ってテンションの高い、銀色の毛のアホ犬が僕に抱きついてくる。
「…。」
僕はとりあえずそのアホ犬の頭に無言でゲンコツを食らわせて
「いって!シンジ君、たまにはノろうよ。僕一人だけ恥ずかしいじゃん」
アホ犬の手が自分の頭にいったところでスルッと脇を抜ける。…はぁ。今日もバリバリ躾なければ。
「待ってよシンジ君!」
そんな僕に焦ってアホ犬―…渚カヲルは僕の隣に並んだ。
無表情でスタスタ歩いて行く僕に渚の顔が不安気に曇っている。何で僕がこんな態度なのかわかっていないみたいだ。
「おはようってば…シンジ君…」
「はい、おはよう」
ちゃんと普通の挨拶ができたら僕も挨拶を返す。最初にちょっと冷たくしたから笑顔付きで。
すると渚は、うなだれさせていた三角の耳をピンと立て、尻尾をパタパタと振る犬みたいに、いきなり元気になる。
「ねぇ、シンジ君、僕今胸がキュンてなったよ」
「ふぅん」
「君の笑った顔が可愛かったからだよ」
「バ−カ」
すっかりご機嫌になった渚はニコニコ笑いながら今日も僕への恥ずかしいセリフを連発。
いつまでも慣れない、ベタ誉めされる感覚。渚はどういうワケか僕の事が好きらしい。しかも恋愛の対象として。
出会ったのは半年前。渚は転入生だった。
季節外れの転入生、渚とたまたま席が隣同士で、学校案内を担任に押し付けられたのが始まり。
綺麗な容姿だけど、あまり人を寄せ付けない空気がそこにはあった。誰に対しても素っ気無いというか。勿体無いなと思った。
放課後、少し緊張しながら淡々と学校を案内した。別に、取っ付きにくい奴相手に自分から仲良くなんてなろうとは思わなかった。どうせ相手もそう思ってる。
…と、思ってたんだけど実際は…違った。
「ねぇ。君ってさ、何かやたらキラキラしてるけど何で?」
突然の切り出しはこうだった。
思わず振り返るとクソ真面目な顔がそこにあった。
「君を見てると変な気分になるんだ。何これ?」
渚なりの冗談か何かかと思って軽く笑って済ませようとしたら、次の瞬間、キスされた。しかも唇に。普通にキスされた。
僕はその瞬間渚カヲルを変人認識。
右手を握りしめ、思い切り左頬をグーで殴った。場所は廊下だった。
放課後なのにいつもよりやたら多い人通り。渚の綺麗な顔に惹かれた女子たちがキャアキャア言いながら僕たちのあとを追いかけてきてるのもあった。
「何すんだよ!」
僕が怒鳴ると、殴られた渚はキョトンとしていた。
「何怒ってんの?」
周りでキャアキャア言う声が悲鳴に変わる。…でも僕もその時はパニックになってて周りの目を気にしてる余裕なんてなかった。
「君が変な事するからだ!!」
「変な事?キスって好意を表す行動だろ?」
「そういうのは女の子にする事だよ!だいたい出会ってまだちょっとしか経ってない相手に普通しないよ!!」
「そうなの?」
冗談抜きで本当に渚カヲルは何故僕が怒っているのかわかっていないようだった。首を傾げ、さっぱり理解できませんとばかりに眉を寄せる。
僕はその時ああ、と気付いた。
この容姿だ。多分、今までこういう事をいきなりやらかしてもこいつを拒む人はいなかったんだろう。…だが残念ながら僕は至って普通の感覚の持ち主なんだ。いくら顔が綺麗だからって男からいきなり変な事されたら拳だって出る。
「君みたいな綺麗な顔の人ならそりゃあこうやって僕みたいな反応する人は今までいなかったんだろうけどな、生憎僕はそんなに優しくないんだよ!」
少しは人の気持ちを考えろ、喚くように言い切ると、渚カヲルはしかし更なる爆弾を落として辺りにいる人間―…僕を含めて―…を爆撃した。
「何言ってんの?キスしたのは君が初めてだよ。誰かにこういう事したいって思ったのも今が初めてだし…。この気持ちって何なのかな。君、わかる?」
「し、知るわけないだろっ!!」
僕は顔が物凄く熱くなって、でも頭は真っ白になって、その場から逃げ出した。
この事は次の日には学校中の噂になっていて、先生から呼び出しを食らって説教されるわ学校中どこへ行ってもジロジロ見られるわ知り合いからはからかわれるわ(いつの間にかできた)渚のファンから嫌がらせされるわ…。しばらくは散々だった。
それ以上に散々だったのは渚カヲル本人からの連日猛アタックだ。
あれから渚は誰かから入れ知恵されたのか自分の中で処理したのかは知らないけど、僕に『一目惚れした』と理解したらしかった。
突き放しても突き放してもベッタリ張り付いてきては抱きついてきたり好きだと言ってきたりで大変だった。
しかも時と場所を選ばないKYというおまけ付き。周りが面白がって渚を応援し出すからますます調子に乗ってもう、最悪。頭痛と胃痛で悩まされる日々が続いた。
けどそんなある日、僕はとある事に気付いた。
渚カヲル。見た目は人間離れした作り物みたいな綺麗さだけど、精神年齢は幼稚園児並みだという事に。
ほとんど相手の気持ちを考えず思うままに行動する。興味があるものにしか関心を示さない。つまり、ワガママなのだ。…これが素っ気無いクールボーイの正体だった。
とにかくそういう奴なのだと悟った僕は渚の事にいちいち本気でかまったりせず、適当にあしらうというスキルを身につけた。
そうして適当にかまったりあしらったりしていると、逃げていたばかりの頃にくらべて、渚の闇雲にアタック攻撃も少し落ち着いてきた。行儀の悪い犬を飼い慣らしたようでちょっと気分が良い。
それで何だかんだ過ごしている内に僕と渚は心地良い関係、というか、親しい友だちのような関係になっていた。
僕は専ら人に気を遣ってしまう性格というか、人の顔色を伺ってしまう性格なので、同級生にも猫を被って接しているところがある。でも渚の事は初っ端殴ったり冷たくしたりしていたせいか、全然気を遣わないっていうか、素でいられる。一緒にいて凄く楽。
…落ち着いてきたとはいえ渚は好きとか付き合ってとか相変わらずうるさいけど、僕の方はあくまで渚を友だちとして見ているし、この関係が崩れる事なく、いつまでも続くと良いと思う。
渚は僕といていつも楽しそうだし、僕も笑ってる渚といるのは楽しい。
この関係がベストだと思うんだよな。
***
学校から帰る途中、渚が雑誌を買いたいと言い出したので、コンビニに寄った。
「ねぇ、君」
渚がレジを済ませている時、雑誌コーナーでブラブラしていたら突然知らない女の子が話しかけてきた。
「え…?」
ドキリ。
とても可愛い女の子だ。知らない学校の制服を着ている。…僕に何の用だろう?
「君、カヲルの友だち?」
カヲル?
女の子の綺麗な唇がカヲル、と形作った。
カヲル…って、ああ、渚の事か。いつも名字の方で呼んでるから一瞬わかんなかった。
一瞬膨らんだ期待がしゅるしゅると萎む。何だ、用があるのは渚の方か。
「ええと、うん…一応…。」
渚とは知り合いみたいだし、僕を通じて告白したい、とかラブレター渡したい、という類の人ではないみたいだけど。
「私、カヲルの元カノ」
「…、え?」
女の子の言葉に僕は一瞬反応が遅れた。
「カヲルとはとーっても深い仲だったの。愛し合ってたくさんキスもしたし、その先も…イロイロ、シたわ」
「………」
何故だろう。頭を殴られたような衝撃。
何故だろう。綺麗に笑う女の子の、顔が急に憎らしく思えてきた。
何故だろう。言葉の一つ一つが平手打ちされてるみたいに感じる。
渚って、子どもだと思ってたのに実は大人だったのか…。何だよ、キスしたいって思ったの初めてとか言ってたくせに、嘘吐き。
それにしてもこの子は何で僕にこんな事を話すんだろう。
「シンジ君」
突然背後から話しかけられて心臓が跳ねる。
女の子の言葉に反応できず、変な気持ちを処理する事に追われていた僕は急に現実に引き戻された。
「誰、この子」
「えっ?」
渚が僕の手を握ってきた。
いつもならこんなとこでやめろと振り払うとこだけど、渚の言葉の方に気をとられてそこはスルーされた。
「フフ、やっぱりそうなるかぁ」
女の子は自嘲気味に笑った。
「動揺させてごめんねシンジクン?今の、嘘だから。誰に対してもクールだったカヲルが君に夢中になってるの見て嫉妬したんだ」
「し、嫉妬?」
急に体の力が抜けた。
「たまたま遠出したらあのカヲルが誰かにデレデレになってるとこ見かけたからさ、思わず話しかけちゃったんだ」
デレデレって…この人僕らのどんなとこを見てたんだろう。
「あの時からは考えられないわ」
普通、ヒヤリとするとこなのに、僕は今、ホッとしている。いや、渚が誰かと付き合ってなかった事実にホッとしているのか。
何でだ、
「ねぇ、アンタ誰?シンジ君に何の用?」
渚の苛ついた声に女の子が笑った。
「そうそう、こういう感じがカヲルらしいのよ。」
「は?」
「私らついこないだまで同じクラスだったじゃん」
「…ああ…前の学校のヒトか」
「一応告った事もあんだけど」
「そうなの?」
二人の会話に僕の居場所はなくて、取り残されたような気分になった僕は女の子に気付かれないようにそっと、かなりそっと渚の手を握り返した。
一瞬渚の目が僕を驚いたように見て、それから視線を女の子に戻した。
「悪いけど今は頭の中シンジ君でいっぱいだから、昔の事なんて思い出せない」
恥ずかしい事を言う渚を、今はでも、諌める気にならなかった。女の子はまた笑って、ご馳走様と言った。
「シンジクン、カヲルの事よろしく」
「え」
「私じゃ無理だけどアナタならできる。カヲルを幸せにしてやってね」
「は?」
僕の返事も聞かず、じゃあね、と言って女の子はコンビニから出て行った。
「………」
「………」
「シンジ君」
「…何」
「大丈夫。僕が、シンジ君を幸せにするから」
「別にそんなとこ心配してないよ」
今は渚の顔をあまり見たくなくて、僕は渚と反対方向を向いてコンビニを出た。手を繋いでいる状態なので渚も一緒に。
「ねぇ、大丈夫?シンジ君顔赤いよ」
不思議と手を振り払う気にならなかった。むしろ、手を放す事を忘れたフリをする。
今まで聞こうとも思わなかったけど、渚の過去に初めて興味が湧いた気がした。
「渚ってクールだったんだ」
「え?」
顔の色を指摘された僕は、誤魔化すように渚をからかいにかかる。
「見てみたいなぁ、クールボーイな渚」
その正体を僕は知ってる。渚は興味の無いものに対して素っ気無いだけだ。
「別に冷たくしたりしてないんだけど」
そして本人に自覚はナシ。
「…冷たくされたいなら多分無理だよ。僕、シンジ君相手にクールボーイなんて気取れないし」
「それは残念」
「あ、でもどうしてもっていうなら僕頑張るけど」
「やっぱりいい」
「いいの?随分あっさりだね」
「想像したらムカついたから」
「酷!」
「あはは」
…落ち着いてきたとはいえ渚は好きとか付き合ってとか相変わらずうるさいけど、僕の方はあくまで渚を友だちとして見ているし、この関係が崩れる事なく、いつまでも続くと良いと思う。
渚は僕といていつも楽しそうだし、僕も笑ってる渚といるのは楽しい。
この関係がベストだと思うんだよな。
思うん、だけど。
今日、少しだけ、ほんの少しだけこの距離を縮めてみたいと思ってしまった。友だちとしてベストな距離を、もう少しだけ縮めてみたいと。
僕は女の子じゃないし渚は友だちだって思ってるのに。
頭の隅でダメだと言う僕。もう少しだけならと思う僕。
何だコレ、何だろう。知らない。
とりあえず、さっき僕が手を握り返した事、どうか渚がすぐ忘れてしまいますように。
おわり。
+++
何だコレ、何だろう。
(0□0)ってこっちが聞きたいわ―――ッッ!!
貞カヲシンは難しいなぁ。
10.02.11