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□薔薇と花嫁
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「君、どういうつもりなの」
放課後、すれ違う人たちにいちいちジロジロ見られながらその原因を…隣を歩く、渚カヲルを睨んだ。
「どういうつもりって?」
渚カヲルは機嫌良さげに首を傾げる。
「朝僕に君が言った事だよ。君は誤解を受けるし、僕も迷惑だからああいうのもうやめてよ」
ああいうの、とは、そう。とろうと思えばプロポーズにもとる事が出来る、あのセリフ。
どういうつもりであんな事を仕出かしたのかは本当に理解不能だけど、とにかくあの後は大変だった。普段は目立たないように教室の隅でひっそりと過ごす僕が、休み時間の度にクラスメイトに囲まれてああだこうだと変な事を言われたり聞かれたり。…ハッキリ言ってとても迷惑だった。
二度とあんな事が起きないように注意しなければと、二人で静かに話せるこの機会を今日1日待っていた。
「誤解って?」
「君がホモに間違えられるって事だよ。…ここが音楽室」
かなりどうでも良い感じで学校案内をしつつ、話を続ける。
「僕、ホモじゃないよ。」
「じゃあ、尚更ああいう事はしないでよ」
ホモじゃない、という渚カヲルの言葉に僕は小さく安堵した。…実は少しだけ不安だったのだ。もし本当にそうなら、本気だったらどうしようかと。…それと同時に僕が迷惑だと言った事はスルーかよ、とも思った。
つまり、あれはクラスメイトたちに対して、転入生の、挨拶代わりのジョークだったというわけか。僕にしてみれば本当に迷惑なサービス精神だ。
「でも君の人生が欲しいのは事実だよ。ずっと僕の隣にいて欲しい。朝も昼も夜も。」
ピタリ、と僕の足が止まる。
…今、何言った、こいつ。
顔が引きつるのを感じながら、僕は渚カヲルの顔を見た。渚カヲルも足を止めて僕を見つめ返す。
嗚呼。この、おかしな発言を連発する口さえ閉じたままだったなら凄くカッコイイと思えるだろうに。せっかくの端正な顔が、残念ながら変人としか僕の目に映らない。
「ウチのジィさんがウルサくってさ。そろそろ身の回りの世話をしたりご飯作ってくれる人を真剣に探せって」
それって嫁を探せって事?
まだ中学生だろ?どんな家庭だ。
「だから最近はずっとそういう人探しててさ、それで君を見つけたってわけ」
目眩がした。
嫁探しをして見つけたのが僕って、おかしいだろう明らかに。だいたい、嫁を探せって事はつまり、ジィさんにしてみれば孫の顔が見たいとか後継ぎがどうとかそういう事だろ?当たり前すぎるが僕には到底無理な話だ。
けど渚カヲルはそんな僕の思いなどお構いなしにペラペラと喋り続ける。
「正直、そういうのよくわからなかったんだ。でも君を見た瞬間、ビビッときたっていうか、ああ、こういう事かって思った」
とりあえずアレだ、こいつが馬鹿なのはわかった。
「君がビビッときたかどうかは知らないけど、僕は男だよ。」
「知ってるよ?」
何を当たり前な事を、という感じの渚カヲルにイラッとくる。
「君のおじいさんが言いたいのはね、多分子孫がどうとかそういう事じゃないかな。僕は子どもできないから無理。わかるよね?…無理。」
「いや、子どもの事はどうでも良いんだ。結構前から子作りは禁止されてるから。あんまり僕らの一族が増えるといろいろと面倒な事になるんだよね」
子作りは禁止って、何だこいつの家。意味がわからない。
「だから、君はずっと僕の側にいてくれれば良いんだよ。それで僕においしいご飯を提供してくれれば…」
ダメだ、何かダメだこいつ。ズレてる。僕の感覚と噛み合わない。
僕はまだ案内しなきゃならないところもあったけど、教室に向かって早足で歩き始めた。…鞄を取りに行く為だ。
「シンジ君?」
「あとは自分で回るか僕以外の誰かに学校案内頼んで。頭痛いから帰る」
大丈夫?なんて呑気な声が背後から聞こえてきたけど無視した。
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