Short

□薔薇と花嫁
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※元ネタ庵カヲシン→薔薇の香り、罪の味(




だだっ広い屋敷の中を、とにかく走る。どこでも良いから、アイツから隠れる場所を探す為、もしくは、あわよくばこの馬鹿気た場所から脱出する為だ。

冗っ談じゃない、ふざけるな。

何が悲しくてこんな目に遭わなければならないのか。

こんなに広くて部屋はいくつもあるのに、どの部屋も全く使っていないのか、物が、隠れられる場所がない。…っていうかこんなに馬鹿みたいに広い屋敷、日本にあるのか?…それともここは日本じゃない?

「出口、どこだよ…っ!」

ここがどこだかわからない。目覚めたらいきなりここにいて、あいつから毎日逃げ回っては捕まる日々。1日の大半を追いかけっことかくれんぼで潰している。

家にも帰してもらえず、一体今日で何日目だ。学校も無断欠席してるし、あっちは絶対騒ぎになってる。下手すると行方不明とかで事件扱いになってるかもしれない。…まぁ実際今の状況は拉致監禁に他ならない。…あれ、でも手足が自由なのは軟禁って言うんだっけ。…いや、そんな事今はどうでもよかった。今はとにかく、せめて出口だけでも探さないと。

「…くそっ、」

僕は今日こそという思いを胸に石畳を蹴った。




***




数日前まで僕はごく普通の中学生で、ごく普通に学校に通っていた。

部活は園芸部。…別に、特別植物が好きとかいうわけでなく、強引な部活勧誘に抗えず入らされてしまったのだ。何やら部活存続の危機とかで、それはそれは強引だった。

部員の数は…確か5人以上はいたと思う。最初の顔合わせをして次の日から僕以外、他の部員が一度も活動に来ないので記憶が曖昧なのは仕方がない。

活動内容は温室で薔薇を育てる事。…ただそれだけ。

昔はいろいろな花とか育てていたらしいんだけど、ある代の園芸部員がかなりの薔薇好きで、温室の中を薔薇一色にしてしまったらしいのだ。それならもういっそ、園芸部じゃなくて薔薇を育てる部とかに改名すればいいんじゃ、と思った。そんなどうでも良い事は、どうせ誰もまともに聞かないだろうから口には出さないけれど。

こんな時、変に律儀な自分の性格を呪わずにはいられない。他の部員たちのように、無理矢理入らされたような部活なんて、薔薇の世話なんて放っておけばいいのに。

でも、自分がやらなければ誰も世話をする人がいないのだと思うと放っておけなくなってしまったのだ。…何せ、部員が部員なら顧問も顧問。先生すら丸投げ状態だったのだから。

そうやって薔薇の世話をしつつ、他はこれといって何事もない中学校生活を過ごして一年とちょっと。ある日フラリと季節はずれの転入生が僕のクラスにやってきた。

名前は渚カヲル。

日本人ぽい名前だけど、外見はどう見ても日本人には見えなかった。

まず、肌が異常に白かったし、髪の色は白に近い銀色。瞳の色なんか赤だ。

日本人っていうか、こんな目立つ配色の人間なんて今まで見た事がない。テレビなんかで昔、体が真っ白で目が赤いカエルやら蜘蛛なんかは見た事あるけど。

そんな渚カヲルは文句無しに美形だった。背もスラリと高く、女子がソワソワしたり近くの友人と興奮気味に話をしているのが聞こえてくる。男子は男子で、珍しい外見の転入生をマジマジと見つめていた。

僕もその一人だった。世の中にはこんな人間もいるのか、なんて思いながら肘をついていると、ふいに転入生と目が合った。

「あ!!!」

途端、転入生が声を上げた。

すぐにさりげなく目を逸らそうとした僕は、でもその声のせいで驚いてタイミングを逃す。

クラスメイトも突然転入生が声を上げたので何事かと転入生の視線の先…。つまり、僕に視線を集めた。

な、何だよ。

先生すらキョトンとする中、何故か転入生がズンズン僕に向かって歩いて来た。そして、ついに僕の机の目の前に立ったかと思うと

「見つけた…ついに見つけた、僕、君に決めたよ!」

いきなりこんな事を言ってきた。訳が分からず、は?と返すしかない僕。

渚カヲルはそんな僕の、両手を勝手に握り締めて目を輝かせた。

「僕渚カヲルって言います。君の名前を教えてください」

何だこの手は、と思ったが初対面でいきなりぞんざいな態度もどうかとも思ったのでそのまま碇シンジ、と応えた。

そしてその直後、やっぱりぞんざいにしておけば良かったと後悔する羽目になる。

「碇シンジ君、君の人生を僕にください」




渚カヲルがそう、至って真面目ですという顔で言った瞬間、だった。女子の甲高い叫びやら男子が面白がって騒ぐやらで隣のクラスから苦情が来るくらいクラス中がウルサくなった。

何の罰ゲームか、その後僕は先生から渚カヲルの学校案内を頼まれた。




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