Short
□中毒
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※現代パロ
ふんわりとヤンデレカヲル君
自分以外誰もいない静かな教室は、いつもは賑やかだからかほんの少しだけど物足りないような寂しいような気分になる。今の季節が秋で、空気が肌寒いというのも手伝ってるんだろう。本来人混みとか人がたくさんいるような場所は苦手なはずなのに、おかしな話だ。
夏よりも早く落ちる太陽が教室内をオレンジ色に染める。僕はもう何度目になるのか、時計をチラと見やって、またひたすら手元の作業に集中する。実は今、とても焦っている。
はやく終わらせなきゃ。
日誌の名前欄に『碇シンジ』と記入してそれと同時に席から立ち上がると、筆記用具を筆箱に入れて、その筆箱を鞄に放り込んだ。
それから鞄と日誌を持って教室を飛び出す。
放課後の、しかもほとんど誰もいない校内だから多分、かなりの確率で注意をするような人はいないはず…と、思う、というより願いながら小走りで職員室に向かう。
職員室内も先生たちはまばらで、僕の担任の先生の姿はなかった。息切れしてる理由について突っ込まれなくて済むから好都合だ。
僕は失礼しますと言って早足で担任の先生の席まで向かい、机の上に日誌を置くと、これまた早足で扉まで向かい失礼しましたを言って素早く扉を閉めた。
それから、また小走り。
ドキドキしたけど結局誰とも会わずにげた箱まで到着。靴を履き替えて今度はダッシュ。全速力。
向かう先は校門前。
校門前には
「お、遅くなって、ごめん…っ」
夕日でオレンジ色に染まったカヲル君が穏やかに微笑んで立っていた。
「良いんだよシンジ君。君こそ日直の仕事、ご苦労様。…僕の為に走ってきてくれたのかい?」
はぁはぁと息を切らす僕の頬に、カヲル君の手が触れた。とても冷たい。…いつもより。…それはそうだ、こんな肌寒い空気に長い間晒されていれば冷たくもなる。
僕は心底申し訳ない気持ちになって、少しでもましになればとカヲル君の両手を握った。
「カヲル君…あの、寒いのに…待たせちゃって、本当にごめんね」
「どうして謝るんだい?ワガママを言ったのは僕の方なのに」
カヲル君はそんな僕の手を握り返して困ったように笑った。
僕は今日、日直だった。
日直というのは二人でやるもので、でももう一人の日直は綾波だった。綾波は今日休みだった。
それでも僕は昼間中、日直の仕事を一人でやらずに済んだ。カヲル君が手伝ってくれたからだ。それがまるで当たり前だとでも言うように何も言わずに半分以上仕事をしてくれた。
ただ、放課後日誌を開いた時、カヲル君はごめんねと言って先に教室を出た。今日も一緒に帰る予定だったから、外は寒いし教室にいたら、と声をかけたけど、もう一度ごめんねと言われてしまう。
今日一日、日直でもないのに一緒に仕事をしてくれたんだし、そもそも日誌なんか一人で書くものなんだから謝る事なんてないのに。
それより、教室よりも寒い外にわざわざ出て待つなんて。
………。
…と、いっても、そのわざわざの理由は、わかっていた。
僕らは今日、『放課後に校門前で待ち合わせ』という約束を交わしていたからだ。
同じクラスなのに何故そんな待ち合わせの約束なんかを交わしたのかというと、カヲル君が『約束』をしたがったからだ。
そう、重要なのは待ち合わせや場所ではなく『約束』をする事。
最近のカヲル君は『約束』にハマっているといっても良いくらい毎日毎日、何かしら僕と『約束』をしたがる。
キッカケはとある休みの日、一緒に外を歩いていた時にたまたま小さな子どもが二人、『指切りげんまん』をしているところをカヲル君が見かけた事。カヲル君は興味深そうにその様子を見ていた。
そしてその後で僕に、あれは何なのかと真剣な顔で聞いてきたから僕は少し笑ってしまった。
カヲル君は専門的な事や珍しい事をたくさん知っているのに、時々誰でも知ってる事を知らなかったりして、そんな時は密かに可愛いなと思ったりしている。
僕は真面目な顔をしようとして、でも思わずちょっと口が笑ってしまいながら、カヲル君の小指と自分の小指を絡ませて『指切りげんまん』を教えてあげた。
可愛い歌なのに針千本なんて、怖いね。
そう言って笑うカヲル君に、わかってはいるだろうけど一応、実際約束を破ってしまっても本当に針千本飲まなくても良いんだよと付け加えた。
そうなのかい?と首を傾げるカヲル君が冗談なのか本気なのか、わからなかった。
その後カヲル君が試しに指切りげんまんをしてみたいと言うので、次の日に一緒に学校に行く約束をした。
すると「指切った。」の後でカヲル君が、
「そうか、指切りげんまんというのは相手に約束を守らせる為の儀式なんだね」
と感動したように言ったから大袈裟だよ、と僕は笑った。
次の日、約束通り一緒に登校して校門前に着くと、そこで今度は一緒に帰る約束をしようとカヲル君が言い出した。別に構わなかったけど、朝の人通りが多い校門前での指切りげんまんはかなり恥ずかしかった。
カヲル君はそれからも、約束を果たすとその後すぐに約束を持ちかけてくるようになった。
必ず、だ。
別に嫌ではないし苦でもないけれど、僕は何故そんなに約束をしたがるのか気になった。カヲル君は約束する事をとても楽しんでいるみたいだけど、僕には特別、そんなに楽しい遊びとも思えなかった。
「カヲル君、最近約束するの好きだね」
隣を歩くカヲル君に、何気なく話しかけてみる。
あれから片方の手だけどうしても放してもらえず、僕らは手を繋ぎながら歩いている。辺りは暗いしあんまり人もいないけど、やっぱり男子中学生二人の手繋ぎというのは恥ずかしい。
いくら仲がいい友だち同士とはいえ、でも、この歳になって手を繋ぐのは恋人同士でくらいだと思うから。
「シンジ君は、嫌いかい?」
少し気を遣っているようなカヲル君の表情にううん、と頭を横に振るとカヲル君は良かった、と言ってまた笑顔になった。
「…実は、約束をしているとね、その間君を僕に縛り付けているような気分になって、とても気持ちがいいんだ」
カヲル君はどこか、少し遠くを見つめてうっとりとした。
「しかも、君が僕に誠実であればある程、縛り付ける強さは強力になる」
僕はどう応えていいかわからなくて、とにかく多分、今、口を開けたまま間抜けな顔をしていると思う。
「いつもね」
カヲル君の方はそれでも構わないらしく、歌うように続けた。
「約束をした後、果たされるまでの間、それこそ授業中も、食事中も、誰か違う人と喋っている時も、寝ている時ですら君の中の一部を支配できているような気分になるんだ。それがとても、楽しい」
特にそんなに重要でもない、たわいない日常的な約束についてこんなに深く考える人がいるなんて驚いた、というのが僕の頭に真っ先に思い浮かんだ感想だった。
「それにね、」
相変わらず口を開けたまま何も返せずにいる僕に、カヲル君が柔らかく笑いかける。
「僕自身も君に囚われているような気分になって、嬉しいんだ。…この感覚は指切りげんまんという神聖な儀式を終えた直後から得られるものなんだよ」
そ、そうなんだ、
カヲル君が喋り切ってくれたおかげでやっと出た言葉がこれだった。しかも小声。…声が小さくなってしまったのは今の話について僕の頭がまだ完全についていけてないから、自信のなさからきているんだろう。
もちろんカヲル君が僕の事でいろいろ考えていて、しかも嬉しいとか楽しいとか感じてくれている事は僕も凄く嬉しい。
でもまずは何を言っていいかわからなかった。
そんな僕に気付いたのか、カヲル君はさりげなく気を遣ってくれた。
「例えば、シンジ君。さっき僕の為に走ってきてくれたろう?その時、君の頭の中で僕の存在感がいつもより大きくなかったかい」
そういえば。
カヲル君をあんまり待たせたら悪いと、あの時はその思いが頭の中を締めていた。
僕は正直にうん、と頷く。
「僕も同じだったよ。君が来るまでの間、いつも以上に君の存在が僕の中で大きくなって、シンジ君でいっぱいだったんだ。まるで僕の中にシンジ君がいるみたいだった」
この言葉には、さすがに赤面せずにいられなかった。
縛るとか支配とかはよくわからないけど、つまりカヲル君は約束をしている間僕の事をずっと考えていてくれてるのがわかった。
急上昇した顔の熱に、見られるのが恥ずかしくて思わず僕はうつむく。
「約束はいいね。」
カヲル君がふふと笑うのが聞こえた。
「ねぇ、シンジ君。もしも僕が君との約束を破ったら、その時はちゃんと針千本飲むよ」
え、と顔を上げると、でもシンジ君は飲まなくていいからね、とカヲル君は付け加えた。
「だ、だめだよ、死んじゃうよ」
カヲル君は冗談みたいな事でも一度口に出したら本当にやりそうで、僕は心配になってしまった。
「僕はね、シンジ君。例え世界があと一時間で滅びると突然言われても、君との約束を第一優先にするよ。」
つまりそれくらい僕にとって君との約束は大切なものなんだ。
握られた手が少し強く締め付けられた。
僕は、嬉しい、というより、とても申し訳ない気持ちになった。
カヲル君がそこまで僕との約束について真剣だったなんて。
僕だって約束は極力破らないようにするし、そもそも破ってしまいそうな約束なんかしないけどカヲル君に比べて僕の気持ちはかなり誠実さに欠ける気がした。
「ご、ごめんね…カヲル君…僕…今までカヲル君が思う程約束について真剣に考えてなかった…」
罪悪感が胸に広がる。カヲル君の気持ちをずっと裏切っていたような気分にすらなった。
「シンジ君…。君が謝る必要なんてないんだよ。むしろ僕の方こそごめん。僕が勝手にそう思っているだけなのに、君にこんな話をして、悲しい気持ちにさせてしまったね」
「違うんだ、カヲル君の気持ちは凄く嬉しいよ!僕が、僕が悪いんだ。カヲル君はいっぱい想っててくれてたのに、僕の方はいつも軽い気持ちで約束してて…何か、情けなくて、だから、」
カヲル君の足が止まったので僕も止める。気付けばそこは僕の家の玄関前だった。
「シンジ君はシンジ君なりの気持ちで約束してくれていいんだよ。」
「カヲル君…」
ここでようやくカヲル君は僕の手を放して、代わりに両腕で僕を抱きしめた。
驚いて身が竦む。
「約束する事によって、君の中にいる僕が、君の気をほんの少しでも惹ければ満足なんだ」
右頬に柔らかな感触。ちゅ、と音がしてキスをされたのだと気付く。
僕は、あ、と言う意味のない声を出して素早く右頬をおさえた。また顔が熱くなった。カヲル君のスキンシップは時々僕を凄く驚かせる。
友だちにキスをするなんて、外人みたいだ。
実際カヲル君は帰国子女だから、カヲル君にとってはハグもキスも挨拶程度の事なんだろうけど、生粋の日本人である僕はこういった事に不慣れで戸惑ってしまう。
「シンジ君、また明日、一緒に学校に行くと約束してくれるかい?」
甘えるような声に、僕はうんと頷いて小指を差し出した。カヲル君の頼みを断るなんて、そんな事できるはずない。
こんなに仲よくなった友だちは初めてだったし、友だちからこんなにも深く思われる事も初めてだった。
僕はカヲル君との友情を大切にしたい。
だからこれからは、もっとカヲル君の気持ちに対して誠実になろう。
嬉しそうに小指を絡めてくるカヲル君に、僕の方からも小指を絡めた。
ああ、凄い。
気持ち一つで本当にただの指切りげんまんが神聖な儀式のように思えてきた。
僕も、何があってもカヲル君との約束は最優先にしよう。
「「指切りげんまん、嘘ついたら…」」
おわり。
+++
\(^0^)/ 重い!!
こんな重い気持ちで約束を毎日とかストレス溜まるわ!!…しかしそう感じないというか気付かないのが碇シンジクオリティ。
でもシンジ君は少しでもいいからカヲル君の気持ちに気付こうね!明らかにカヲル君は友情通り越してるからその辺気付こうね!危ないからね!!
10.06.19