Short

□ 2*
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※暴力表現有り




二人分の荒い息が薄暗い室内に響く。

天井から鎖が二本、手枷に向かって伸びている。

僕の両手首にはその手枷がハマっていて、強制的に万歳をさせられていた。更に僕は膝立ちも強いられていた。何故ならふくらはぎと足首も床で鉄の枷によってキツく固定されているからだ。

長い間枷を着けられている部分がとても痛んだけど、背中の焼けるような痛みに比べればいくらかマシだった。

ハァハァと息を切らせながら、ようやく気が済んだらしいカヲル君が僕を背中から抱きしめてきた。

痛みに僕は呻く。

「ごめんよ、痛かったね、すぐに薬を塗ってあげるからね」

回された腕と一緒に今まで僕を痛めつけていた黒いものが見えた。

それはとても太くて弾力のある鞭。

もう見慣れた、僕をお仕置きする為の道具だ。

今いるこの部屋は僕をお仕置きする為の部屋。脱走を試みた後、僕の為にわざわざカヲル君が作った部屋。

あれから事ある事に僕はお仕置きされるようになった。

例えばもう家に帰してと頼んだ時。カヲル君から話しかけられた時に無視した時。カヲル君から目を逸らした時。カヲル君の手を思わず払いのけてしまった時。

そんな時僕は腕を乱暴に掴まれ、引き摺られるようにしてここへ連れて来られる。

裸にされて、有無を言わせずに枷をはめられたら後は容赦なく鞭で背を打たれた。




「本当はこんな事、したくないんだ」

カヲル君は僕の背中を労るようにそっと撫でる。

「お願いだよシンジ君。これ以上僕にこんな酷い事をさせないで」

できたばかりの傷を触られるのはかなり痛くて、僕はカヲル君の手が傷をなぞる度にビクビクと震えた。

「君に優しくしていたいんだ、酷い事なんてしたくないんだよ」

憐れむように、慈しむように紡がれる言葉。

けれどカヲル君は、僕へのお仕置きがそれ程嫌いではないと思う。

「…しかし君は、こんな風に鞭で打たれた痕さえも、とても美しい…」

だって僕を打ち終わった後のカヲル君はいつもどこか恍惚としていて、そして興奮していた。

だからほぼ必ずと言って良い程、お仕置きの後は僕を抱く。手枷も足枷も外さないまま痛みに泣く僕に労りの言葉をかけながら。

そして出来たばかりの傷をねっとりと撫でるのだ。




ただ、僕がカヲル君を拒絶するような態度をとらなければどこまでもカヲル君は優しかった。

相変わらず24時間、僕を放してくれる事はないし酷い事だってされるけど、でも、カヲル君はいつも僕に優しい。まるでガラス細工を扱うかのように。…きっとこういうカヲル君が本来のカヲル君なのだ。

この頃僕は考える。

どうしてカヲル君がこうなってしまったのかを。

出会ったばかりのカヲル君に戻ってほしいと思った。

最初はただただカヲル君の豹変ぶりに恐がってばかりいた僕だけど、最近は怖いというより、どうにかしてカヲル君を普通にしてあげたいと思う。

無理矢理酷い事もされるし、軟禁までされているこの状況に怒りや理不尽さを感じていないわけじゃない。…けど僕は、出会った頃の…本来の、優しいカヲル君が好きだったから。

カヲル君を救ってあげたいと思ったんだ。

それでもう一度、普通の友だちに戻りたいと。




僕は勇気を振り絞ってカヲル君にその事を伝えた。

この状況は異常であり、お互いの為に良くないという事。

また学校に通い、今度はみんなと仲良くして、たくさん友だちを作ろうと

一緒にやり直そうと

もう一度、友だちになろうと




カヲル君は笑顔で僕の話を聞いていた。そして突然、僕の頬を打った。

顔を打たれたのは初めてだった。

驚いてカヲル君を見れば、カヲル君はうつむいて、震えていた。

「…君が…そうやって僕を不安にさせるから…」

ぱた。

床に何かが落ちた音。

「また僕は酷い事をしなくちゃならないじゃないか!!!」

大声を上げてカヲル君は立ち上がった。

腕を掴まれると思った僕はとっさに身を引いたけど、予想に反してカヲル君は部屋から出て行ってしまった。

シン、と静まり返る室内。

打たれた頬にジワジワと熱が集まる。

僕はカヲル君の説得に失敗してしまった。

多分、カヲル君がここへ戻って来たら僕はまたあそこへ連れて行かれて、そして鞭で打たれるのだろう。

ぼんやり考えていると、やがてカヲル君が静かに戻って来た。さっき僕が言った事について謝る気なんかはなかったけど、何か言わなければと口を開きかけて閉じる。

カヲル君は泣いていた。

「シンジ君…お仕置きだよ…」

静かに伸ばされる白い手。僕は後退りした。

「シンジ君。来るんだ、さぁ、」

一歩、近寄ってくるカヲル君に僕は頭を横に振って、また後退りした。

「悪い子だ」

カヲル君は早足で近寄り、顔を歪めて乱暴に僕の腕を掴んだ。

「今日はいつもより酷くしなければいけない…」

僕は嫌だと暴れたけど、カヲル君の手はビクともしなかった。

いつものように引き摺られてあの部屋に連れて行かれる。そして唯一の衣服であるワイシャツを乱暴に剥かれ、手枷と足枷をされた。

ああ、打たれる。

そう思ったけど、今日はなかなか背中に痛みが来なかった。

不思議に思って後ろを振り返ると、カヲル君はぼんやりと立って、ただ静かに僕を見下ろしていた。

その手に鞭はない。代わりに、何か、小さくて光る物が見えた。

「…今日はこれでね」

何を持っているのかよく見ようとすると、カヲル君がそれに気付いて僕に見せてくれた。

「シンジ君の体のいろんなところを刺してしまおうと思うんだ」

ナイフ、だった。

それも果物ナイフなんかではなく、見慣れない形の、でも、とにかくよく切れそうなナイフ。

僕は凍り付いた。

「いつもよりたくさん血が出てしまうね。…でも悪い子にはたくさん痛い思いをしてもらわないと…」































「可哀想なシンジ君…僕だってこんな事はしたくない…。けど、君がいけないんだよ。君が悪い子だから」

カヲル君はそう言って正面にゆっくりと回り込んできた。

「シンジ君が僕を不安にさせる事ばかりするからいけないんだ。こんなに愛しているのに。何が不満なんだい。」

久しぶりに怖いという感覚が僕を襲った。

ガクガクと震える体。何を考えてるんだ。人を刺すだなんて正気じゃない。怖い。カヲル君が怖い。

「学校に通ってみんなと仲良くする?そんな必要ないじゃないか、君には僕がいるのに。そして僕には君がいる。ほらね、必要ないだろう?…それに、前にも言ったはずだよね?僕は君が誰かと仲良くするのが嫌だって。」

歯がガチガチいっている。

「僕は君の唯一で、君は僕の唯一なんだ。こんなに簡単な事がどうして解らないんだい?僕は一目見た時から分かっていたよ、僕らはそうなる運命だって。」

カヲル君を普通に戻してあげたいだなんて思っていた自分が急に愚かしく思えた。

どうして忘れてしまっていたんだろう。カヲル君はおかしいんだ。根本的に。

「僕らが結ばれる事はね、生まれる前から決まっていた事なんだよ。それなのにどうして抗おうとするんだい?」

その証拠に言ってる事もやってる事も滅茶苦茶だ。嫌だ怖い。殺される。

「…いや、良いんだ。僕が解らせてあげる。シンジ君がちゃんと解るまで、僕がこうして痛みを与えて間違いを正してあげる。」

カヲル君が何を考えているのか本当に解らない。ただ一つ分かるのは、僕がこれからカヲル君に殺されるかもしれないという事だ。

ナイフで体をあちこち刺されたら死ぬ。

血がたくさん出て死ぬ。

僕はさっきカヲル君を怒らせてしまった事を心底後悔した。

嫌だ、死にたくない。死にたくない。

死にたくない!

「まずはどこから…」

冷たい刃先が僕の喉元をツ、と撫でた。その瞬間、僕の恐怖は頂点に達した。

「ごめんなさい!!」

無意識に口走っていた。カヲル君がキョトンと僕を見つめている。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、カヲル君ごめんなさい!!お願いだから殺さないで…」

ごめんなさいを言ったのはこれが初めてだった。

今までは罰だと言って酷く鞭で打たれる事があっても、決して口にする事はなかった謝罪の言葉。だって僕は悪くないんだから、一方的なカヲル君の罰に対して謝るなんておかしいでしょう?

けど、今はそんな小さなプライドも捨ててしまわなければいけなかった。

謝らなければ、謝って、カヲル君にお仕置きを止めてもらわなければ。

「ごめんなさいごめんなさい殺さないでごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」

涙が溢れて来る。カヲル君のキョトンとした顔が歪んだ。

カヲル君は何も言わずにしばらくは僕の謝罪を聞いていたけど、やがて静かに部屋から出て行った。




…たす、かった…?




その後すぐにカヲル君は戻って来た。片手にナイフを持ったまま、もう片方の手には黒くて四角い何かを持っている。

「カヲル…君…?」

カヲル君はその四角い何かを僕に向けた。よく見るとそれはビデオカメラのようだった。

「僕に許しを請う姿…とても素敵だよ。思わず記念に残したくなった…。さぁ、ほら、許しを請い続けて。僕はまだ君を許していないよ」

カメラを構えたカヲル君が再びぐ、とナイフを喉元に突きつけてきた。ヒ、と喉が鳴る。

「ごめん、なさい…ごめんなさい…」
「ああ、そうだよシンジ君。君は僕に謝罪しなければ。僕を不安にさせた罪を償わなくては。もっと、もっとだよ…もっと!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」




僕はその後一時間程散々ごめんなさいを言わされた。謝罪に免じて体を刺すのは止めてくれるとカヲル君は言った。

その言葉にホッとしていると、次に簡単な質問に答えてほしいと言われ、胸にナイフを突きつけられた。

一瞬抜けた体の力が再び入る。

刺さないって、言ったのに…!

「シンジ君、僕が好きかい?」
「…す、好、き…」

心臓の真上に、ナイフがツ、と走る。

痛い、

「僕意外の友だちが欲しいかい?」
「いら、ない」

心臓の真上に、ナイフがツ、と走る。

「家に帰りたいかい?」
「帰りたくない…」

心臓の真上に、ナイフがツ、と走る。

そうやって僕はカメラを構えたカヲル君に質問をされて、答えて、その度に体に刃先が走った。

その時はどうしてそんな事をするのか解らなかったけど、とにかくいつ刺されてしまうかと思うと怖くて、僕はただただカヲル君が望みそうな答えを口にした。

やがてお仕置きが終わり、満足そうなカヲル君にそのまま犯されて、ようやく解放された僕はグッタリとしながらシャワーを浴びに行った。

そして鏡を見て初めて僕は何をされていたかが分かった。




心臓の真上に僕の赤で、

渚カヲル

と浮かび上がっていた。




「素敵だろう?僕の名前を君に刻んだんだ。」

裸のカヲル君が突然背後から抱きついてきた。いつの間に、

「君が僕のものだっていう証だよ。シンジ君も僕に刻んでくれるかい?」

右手に固く、冷たいものを握らされた。それが何なのかは見なくてもわかる。

「…刻んでくれるよね」

僕はカヲル君に体を反転させられ、やんわりと向かい合わされた。

「心臓の真上だよ」

ナイフを持った右手を、カヲル君の左手でもってカヲル君の真っ白な胸に導かれる。

「さぁ、シンジ君…」

右手は小刻みに震えていた。

人の体に傷を付けるなんて、怖い。

「大丈夫…」

けれど結局僕はそっと、震える手で、自分の名前をそこに刻んだ。従わなければもっと怖いから。




それはいつか本で見た、血の契約を連想させた。




終わり。

+++

(*´∀`*)horrorはこれで完結ナリ。

やりたい事やった。満足。

書き逃げできるとこがボツネタ集の良いとこだと思うんだ。

09.11.20
 

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