Short
□horror*
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※病み病みカヲル君
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、」
痛い、肺が痛い、体中痛い。運動不足の体に鞭打って走り続けているんだ、無理もない。
僕はかれこれ、もうどれくらい走りつづけているのか。ずっと。ずっとだ。
ほとんど変わり映えしない山道。空だけが青からオレンジへ、そして藍色へと変わろうとしている。
一体ここはどこなのか。足が錘みたいだ。このまま倒れてしまえたらどれほど楽になれるだろう。
けど根性無しの僕がそれをしないのは、背中に張り付く恐怖から逃れる為。
一刻も早く保護してもらう為。
携帯も財布も取り上げられてしまったので、電話で連絡が取れない。
今役に立つのは自分の足だけなのだ。その足を止めている暇はない。はやく、はやくはやく誰かに会わないと。
電話ボックスでもいい。あれば110番する事ができる。けれど世の中に携帯電話が普及している今、電話ボックスなどほとんど見かける事はない。
その上こんな日に限って一台も車を見かけない。
民家があるところへはもう少しかかる。遠くに見える小さな明かりを頼りにひたすら走る。
恐怖から逃げる為に。
親友だと思っていた、カヲル君から逃げる為に。
***
僕とカヲル君は中学二年生になった時出会った。
一年生の時、僕らは別々のクラスだった。
カヲル君は綺麗でカッコ良くて、勉強もスポーツも何でもよく出来る上に女の子からモテモテで有名だったから、別のクラスだったけど僕は名前以外にもカヲル君の事は噂でいろいろ知っていた。
二年生になってそんなカヲル君と同じクラスになった。
するとカヲル君が突然やってきて僕と仲良くしたいと言ってきた。驚いたけど、僕はとても嬉しかった。僕なんかで良ければ、なんて笑って応えたのを覚えてる。
一年生の時から同じクラスだった親友のトウジとケンスケ、僕の三人グループにカヲル君が加わった。
最初はそれで上手くいってた。4人で楽しく過ごしていたし、これからもずっとこんな感じで学校生活が続いていくものと疑わなかった。
でもそれは叶わなかった。
カヲル君は何故か、日に日にトウジとケンスケの二人に素っ気なくなっていって、ついには目も合わせなくなった。
それでも僕にだけは最初と変わらず笑顔を向けてくれる。いつも一緒にいてくれる。優しくしてくれる。
だからどうして二人にだけそうなってしまったのかわからなかった。
トウジもケンスケもカヲル君を怒らせるような事をした覚えは全くないと言っていたし、カヲル君に聞いても別に怒ってないと返ってきた。
けど、カヲル君の二人に対する態度はいつまでも変わらなくて、だんだん4人でいるのが気まずくなってきた。
しばらくして結局カヲル君と僕、トウジとケンスケのグループに別れてしまった。
カヲル君は僕と二人でいる時はとてもご機嫌だった。
でも、僕がトウジたちと話をするととても不機嫌になった。
カヲル君はトウジたちが嫌いなの?ある日そう聞いてみたら、シンジ君が僕以外の誰かと仲良くするのが嫌なんだ、と辛そうな顔をされた。
その時はとても嬉しい気持ちになった。
友だちからそんな風に言われるのは初めてだったし、まるで僕だけがカヲル君に必要とされてるみたいだったから。
しかも相手はカヲル君だ。僕が持ってない物を全部持っていて、密かに僕の憧れでもあるカヲル君。
そのカヲル君が僕だけを特別に見てくれているみたいだったから。
嬉しくて、カヲル君がそう言うなら、と僕はその日からあまりカヲル君以外の人と接触しないようにした。
カヲル君はその事をとても喜んでくれたようで、毎日、前以上にニコニコしていた。
それでも時々は誰かと話さなければならない時もあって、そういう時は隣にいるカヲル君の顔があまり不機嫌そうにならない内に無理矢理会話を切り上げたりした。
他人と仲良くするのをやめたのは僕だけじゃなくカヲル君もだ。
前は来る者拒まず、誰にでも穏やかに柔らかく接していたカヲル君は、もう僕以外の人に微笑む事はなかった。
こんなの良くないと思いながら、僕はカヲル君の笑顔を独り占め出来る事を密かに喜んでいた。
そんな僕らを男同士でベタベタしてキモチワルイ、ホモ、と罵る女子がいた。
失礼な話だ。僕たちはただとても仲の良い友だち同士であって、決して変な関係などではないのに。
そう、ただとても仲の良い友だち同士、親友という関係。
けれど僕はある日、カヲル君の家で親友のはずのカヲル君に酷い事をされた。
ソレの名前だけは知っていた。セックス。
でも僕はあれをセックスだと思いたくない。だってセックスっていうのはまず男女で行うものだし、愛あって初めて行うものという認識があるからだ。
愛なんてなかった。
止めてと何度お願いしてもカヲル君は大丈夫、怖くないよと言うだけで決して行為を中断してくれる事はなかった。
「本当は一年生の時からずっとシンジ君の事を見ていたんだ」
「愛してる」
「誰にも渡さない」
「綺麗だ」
「シンジ君が好きだ」
「可愛いよ」
「やっと一つになれる」
「シンジ君も僕が好きだろう?」
「ずっと一緒にいようね」
優しい言葉とは裏腹に、カヲル君の手はとても力強くて、僕がいくら暴れてもすぐに押さえつけられた。
たくさんキスされた。
たくさん痛い事をされた。
たくさんたくさん、気持ちを裏切られた。
ずっと信じてた。
カヲル君は親友だって。
信じていたのに。
こんなの、酷いよ。
行為が終わった後、僕は痛む体を起こしてカヲル君から離れた。
床に散らばる服を拾い上げて身に着ける。
どうしたんだい、
ベッドの上からカヲル君の声がした。
帰る
ついさっきまで泣き叫んでいたからガラガラの僕の喉。普通に喋ったつもりだったけど実際出たのはため息みたいな掠れた声だったから伝わったかどうかわからない。
するとカヲル君がふふふ、と楽しそうに笑うから、僕は少しだけ振り返った。
随分可笑しな事を言うんだね。
カヲル君も裸のまま起き上がってきた。
僕は慌ててズボンをはくと、早足でドアまで向かった。
けれどドアまで辿り着かない内に後ろから素早く抱きつかれて、身動きを封じられる。
放して、
言ってみるけどカヲル君は無視した。
帰るって、どこへ?
カヲル君の声は楽しくてしょうがないといったそれ。
シンジ君の家はここじゃないか。
その言葉を聞いた時、僕を裏切ったカヲル君に対する怒りとか悲しみとか、そういったものが全て恐怖に変わった。…カヲル君は、カヲル君は、おかしい。
僕はカヲル君がどこかおかしいと気付いた。
行為についてでも僕を裏切った事にでもなく、根本的な何かがおかしいと気付いたのだ。
さぁ、朝食にしよう。僕が作るからその間にシンジ君はシャワーを浴びてくるといいよ。
まるで昨日何事もなかったかのような態度。カヲル君の言動は僕の常識から外れ過ぎていた。昨日あれだけ酷い事をしておいて、どうしてそんな態度がとれるのか。
どうして馬鹿らしい冗談なんか言えるのか。
けどカヲル君の普通過ぎる態度が逆に怖くて、僕は逆らう事ができなかった。
言われたままシャワーを浴びに行くと、鏡には赤い、小さな痣だらけの体が映っていた。それから目を腫らした僕と目が合った。すぐに逸らした。
シャワーを浴びて出てくると脱衣場にはカヲル君のワイシャツだけが置かれていた。
ごめんね、着替えがそれしかなくて。
申し訳なさそうに言うカヲル君の背後にゴミ箱が見えた。切り刻まれてただのボロ切れになった、さっきまで制服だったものが捨てられていた。
体が震えた。
さっきカヲル君が言っていた事は冗談などではなかったのだ。
カヲル君は僕を、本気で家に帰さないつもりらしかった。
その証拠にカヲル君はその日からずっと僕に張り付いていて、一人にさせてくれなかった。唯一、トイレの時だけは解放されたけど、あまり長い時間立てこもっていると鍵を開けて無理矢理入って来るので逃げ場所にはならなかった。
毎日あの、酷い事もされた。
時間は選ばなかった。カヲル君がしたい時、僕は酷い事をされる。
心はその度傷付いていくのに、体はだんだんカヲル君に慣れていって、やがて快楽を見い出せるようになった。
僕の体の変化にカヲル君は喜んで、酷い事をする回数が増えた。
毎日、24時間カヲル君に監視されながらの生活が続いた。
僕は相変わらずワイシャツ一枚しか服を与えてもらえなかった。毎日新しいワイシャツを一枚。
ズボンがはきたいと言ったらカヲル君は必要ないだろう、と微笑んだ。
そんな日々がしばらく続いたある日、カヲル君がとても申し訳なさそうに今日は用事があるから君を一人にしなくてはならないんだ、と言ってきた。
大人しく抱きしめられながら僕は逃げ出すチャンスが来たと内心で静かに興奮した。
すぐ戻るからね、そう言ってカヲル君が出かけて行った後、僕は恥を捨ててワイシャツ一枚で外に飛び出した。
***
カヲル君の家は山の奥だった。
行きは黒塗りの車で、どう見てもカヲル君の家族じゃない、黒服にサングラスをかけた、怖い感じがする男の人に長い時間をかけて送ってもらった。
だから人の足で帰るにはもっともっと時間がかかる。
けど、体を気遣っている場合じゃない。とにかく走って走って、そして誰かに保護してもらわなければ。
小さかった明かりがだんだん大きくなってきた。もうすぐだ、もうすぐ山を抜けられる。
期待に胸が膨らむ。
そしてさらに嬉しい事に、数メートル先に電話ボックスが見えてきた。
110番しよう。
きっと僕は行方不明者になっているはずだ。警察がすぐ助けに来てくれる。
保護される前にカヲル君に見つかってしまっても、通報さえしておけば捜しに来てくれるだろう。
ガラスの扉の前で僕は久しぶりに足を止めた。
はぁはぁと息を切らせながら扉に手をかける。その、僕の手に白い手が重なる。
「家で待っていられずにお出迎えかい?嬉しいな」
耳元で聞き慣れた声がした。
全身が粟立った。
そんな、そんなはずはない。
僕は素早く体ごと振り返った。
「けれどそんな格好で外を出歩くのはいただけないな」
見慣れた姿がそこにあった。
「君のそんなはしたない格好は恋人である僕だけが見る事を許されるのだからね。」
逃げ出したかった場所がそこにあった。
「さぁ、帰ろうか、シンジ君。」
有り得ない。
どうして。
何でここに。
声を発する事ができなかった。ただ、ああ、もうダメだと思った。力が抜けてその場にへたり込んでしまった。
まん丸の月がカヲル君の上に登っていた。
「帰ったら君に少しお仕置きをしなくてはね。僕以外の誰かにその姿を晒した罰を与えなければ」
微笑むカヲル君はこの世の何よりも美しく、そして綺麗だった。
怖くて怖くて体の震えが止まらないのに、ふとカヲル君の笑顔に見とれる自分に気が付いて僕はまた震えた。
終わりまし。
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(*´∀`*)おもくそ趣味に走った。満足。
ちなみにカヲル君が「僕以外の誰か」と言ったのは月の事だと思います。まぁそんな事は結局こじつけであって本当は単純に脱走したからお仕置き。言葉遊びしただけです。
そんで何故あそこで現れたかと言うと彼は待ち伏せてたんです。
家の方にはこっそり使用人がいて、シンジ君の脱走は速攻カヲル君に伝わってました。
でもカヲル君はすぐ捕まえないで苦労して苦労して苦労した後でヘトヘトになったところを余裕綽々で捕まえるという、かなり性格悪い事をしていたのでした。
…しかも待ち伏せしながらシンジ君を捕まえる瞬間を想像してハァハァしていたに違いないよこの人ならやるよ絶対やるよ。
(*´艸`)ひゃーコワイコワイ。
もしかしたらもう一回つづくかも。
09.11.15