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※可哀想なシンジ君再び




日曜日

夕方頃になって突然、カヲル君から電話がかかってきてテニスに誘われた。




「どうしたの?突然テニスだなんて」
「いや、別にテニスじゃなくてもいいんだけどね…。どうせなら楽しんだ方が良いと思って」

「?」

僕とカヲル君はオレンジ色に染まった校庭をテニスラケットを持って歩く。

学校はガランとしている。運動部の人たちも、もうほとんど学校に残っていない。

「具体的に言うと、実はテニスがしたいわけじゃなくて、君と一緒に汗がかきたいんだ。…夕方に」
「汗?」

体を動かしたくなったって事だろうか。…でも何で夕方なんだろう。

「実はこの間また鈴原君から良いことを教えてもらってね」
「ト、トウジから?」

またトウジか!性懲りもなくロクでもないことをカヲル君に吹き込んだんじゃないだろうな…。

僕はこの間トウジのおかげで散々な目に遭ったのだ。…自然と口元が引きつる。

「スポーツとはリリン同士で友情を深める為にあるらしいね」

ん?

「う、うーん…友情を深める為だけにあるわけじゃないと思うけど…。でも確かに人は苦楽を共にすると凄く仲良しになれるって聞くよね。スポーツも一緒に疲れるから同じような感じなのかな。そこまで熱中してスポーツなんてしないからよくわかんないけど…」
「僕はシンジ君と更に友情を深めたい…」

「カヲル君…」

一緒にスポーツで汗を流して友情を深める…か。

もしかして、今回は結構まともな情報?

「シンジ君…そういうわけなんだけど、良いだろうか」

ジッと僕を見つめるカヲル君…。

この間もそうだったけど、カヲル君はいつだって僕と友情を深める事に真剣だ。例え、深める為にする事がどんなに…あの、馬鹿らしい事っていうか…変な事でも真剣にやろうとする。

トウジがどんな意図でカヲル君にアホな事を吹き込むのかは知らないけど、とにかくカヲル君はいつだって真剣だ。

僕はそんなカヲル君に戸惑いながら、それでもいつもその気持ちが嬉しくて感動してしまうんだ。

「いいよ、やろう!」
「じゃあまずラリーをしようか」

テニスコートに着いた僕たちは、体操服に着替えてからネットを挟んで向き合った。

「いくよ、シンジ君」

カヲル君がポケットからボールを取り出して地面に弾ませた。




【30分後】




「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、」
「シンジ君、だいぶ汗をかいたようだね」

ラリーって意外と疲れる…。僕は肩で息をしながら、打ち返せなかったボールを拾い上げた。

「うん、で、でもカヲル君…汗全然かいてないね…。息も切れてないし」

逆にカヲル君は今言った通り、汗もかいてなければ息切れひとつしていない。

っていうか全く疲れてない。

僕の体力がなさすぎなのかな。

「使徒は汗をかきにくいんだろうか…。ごめんねシンジ君ばかり汗をかかせて」

シュンとするカヲル君に僕は慌てた。

せっかくカヲル君が僕ともっと仲良くなりたいって言ってくれてるのに、僕がその気持ちに応えてあげられないなんて嫌だ。

急いで息を整える。

「僕なら大丈夫だよ!カヲル君が汗をかくまで頑張ろう!」
「いいのかい?だいぶ疲れているようだけど」

「大丈夫大丈夫!やろう!」

今すぐ帰ってお風呂に入ってフカフカの布団に包まれたい…。

そんな考えを頭の隅に追いやって、僕はダルい体を構えさせた。




【1時間30分後】




「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ、も、もぉダメ」

もぉダメ。活動限界。

僕は地面に沈んだ。

「シンジ君…汗びっしょりだね」

服は、もう汗を吸い切れませんとばかりにべっとり体に張り付いて錘みたいになっている。

体が重い。

今日はよく眠れそうだけど、明日は筋肉痛確定だな…。

「そういうカヲル君は汗かけた?」
「う、うん」

見上げると、ネット越しに1時間30分前と変わらない姿のカヲル君…。

どれだけ凄いの…カヲル君…

「シンジ君、じゃあ…いいかな」
「え?」

いいかなって…何?

カヲル君がネットを越えて僕の目の前まで歩いてきた。

「いいって…何が?」

僕は重い体を何とか起き上がらせて、せめて座る格好になる。

「シンジ君…」

するとカヲル君がかがんで、両手を広げて接近してきた。…満面の笑顔で…

「!」

ちょちょちょ、ちょっと待った!!

僕は力を振り絞って後ずさりして、カヲル君から急いで離れる。

「どうしたんだい?シンジ君」
「カ、カヲル君こそどうしたの?!」

「もちろん、君を抱きしめようと…」
「だっ、だめだよ!!」

だめに決まってる!

何せ今僕は汗びっしょりなのだ。しかも汗臭いと思う。

そんな状態でカヲル君に抱き締められたらもの凄く恥ずかしいし、カヲル君の服を汗で汚してしまう。

っていうか何でいきなり!?…まぁカヲル君のいきなりは今に始まったことじゃないけど…

「僕が嫌いかい…?」
「違うよ!全然違う!!」

ションボリしてしまったカヲル君に急いで誤解だと伝えると、笑顔になった…のはいいけどカヲル君はまた両手を広げて接近してきた。

「じゃあいいだろう?」
「だだだだめぇ!」

僕は立ち上がってカヲル君から更に離れた。

「どうして逃げるんだいシンジ君…。やはり僕の事が」
「違うったら!す、す好きだよ!好きだからヤなんだ!!」

「好きだから、嫌?」

どういう事だと首を傾げるカヲル君に僕は理由を説明した。

「誰だって汗びっしょりの状態で好きな人から抱き締められたら恥ずかしいよっ!!」
「そうなのかい?」

「だから今はだめっ!!お風呂入った後なら…」
「それでは汗をかいた意味がなくなってしまうよ」

「え?」

ど、どういう事…?

という僕の表情を見たカヲル君はウットリとワケを話してくれた。

「鈴原君が教えてくれたんだ。シンジ君と友情を深めたいなら一緒に汗をかいて」
「うん」

「汗だくになった体で抱きしめ合えばいいって…。しかも夕日をバックに…」
「う…ん?」

「そうすると言い知れぬ感動と共にシンジ君との友情が一気に深まるって」
「………………。」




トウジ――――――――――――ッ!!!




「だから…ね?シンジ君」

笑いながら一歩近付いてくるカヲル君に、僕は一歩下がる。

「カヲル君、そ、それは多分一昔前の青春ドラマか何かを観たトウジが勘違いしてね…あの、だからつまり」

今回は、ちゃんと伝えなければ。

大惨事になる前にちゃんと、間違った情報だと伝えなければ。

「それはウソだよ!」

やった!言えたぞ!

「そうなんだ」

けれどカヲル君はやっと言えた僕からの訂正を驚いた様子もなく―――…むしろあまり関心がない様子でサラリと流した。

「友情が深まらないのは残念だけど…でも今、一番重要なことは鈴原君からの話が嘘か本当かではなく、シンジ君がたくさん汗をかいていることだ…」
「え?」

「つまり、今君を抱きしめれば僕はシンジ君の汗にまみれる事ができる…!まさに至福の時…!」
「!!!!!!!!!」

な…何?はいっ!?

「鈴原君に話を聞いた時から思っていたんだ。友情を深める事もさながら、僕の体がシンジ君の汗にまみれる事ができたら素敵だって」
「カ…カヲル君が何を言ってるのか…」

「さぁ、シンジ君。まみれさせてくれ…!」

恍惚とした表情でジリジリとカヲル君が近付いてくる。こ、怖い…っ!!

「だだだだめだめだめ!!!汗臭いよ!!!」

カヲル君は使徒だから…。

他の人と少しズレたところがあっても、そう思って気にしないようにしてる…。

「シンジ君の汗のにおい…。嗅いでみたいな…」

けど、でも!!

今回ばっかりは無理だよ!?いくら何でも!!

「嫌ぁああ――――――ッッ!!!」

僕は我慢できずに叫び声を上げ、一目散に逃げ出した。

「フフフ、どこへ行こうというんだいシンジ君」

後ろからカヲル君の楽しそうな声が追いかけてくる。

テニスラケット、置きっぱなしになっちゃうけど、そんな事は構っていられない。

今はとにかく逃げなくては。

「碇君」

必死になって走っていると、テニスコート入り口で綾波に会った。

「ごめん綾波、今急いでるから!」

こんなところで何してるの?なんて悠長に聞いてなんかいられない。

僕は綾波とすれ違い―――…

「ふぐ!!!」

すれ違い切れなかった。凄い力で手首を掴まれたのだ。

走っている最中で突然動きを止められた反動と、そして疲労でヨロヨロになってしまった足のせいで僕は尻餅をついてしまった。

「な、何するんだよ綾波!」

見上げると冷ややかな目で綾波が僕を見下ろしている。

「そうやって、嫌な事から逃げているのね」
「そりゃ逃げるよ!!は、放して!!」

どうにかその手を振り切ろうともがくけど、見た目からは想像できない程綾波の握力は強力だった。

「逃げちゃダメ逃げちゃダメ逃げちゃダメ逃げちゃダメ」
「ここは逃げるところなんだよ綾波っ!!」

僕はそこでハッとして背後を振り返った。

「また…汗をかいてしまったね…」

至近距離で足が見えた。綾波と同じくらい真っ白な肌。

「ひ………っ!!」

更に上を見上げると、さっきより更に恍惚とした表情のカヲル君が…

「やぁリリス。よくここがわかったね」
「私の碇君レーダーに狂いはないわ」

た、助けて、誰か。助けて、助けて…

「あ…カヲルく…おねがい…やめて」
「シンジ君、そろそろヘブンズドアを開ける時間だ」

カヲル君がかがむ。両手を広げて…

「い…嫌だ、嫌、嫌ぁあああ―――――――――ッッ!!!!」

ブッシュウゥゥ――――――!!!

その時だった。

冷たい空気と共に目の前が真っ白になった。

「げほっげほっ!な、何!?」

それは煙だった。しかも柑橘系の香りがする。…何だか嗅ぎ覚えのあるニオイだ。

「何やってんのよバカシンジ!」

更に、聞き慣れた怒鳴り声がしてそちらを見上げると、ワンピース姿のアスカが息を切らせながら小さな円柱型の何かを構えて立っていた。

女子が体育の後なんかによく制服の中にシューシューやってるやつだ。えーと…そう、清閑スプレーだ!汗のニオイを誤魔化すやつ!アスカのバッグの中に常備されていた事に感謝だ…。

「…アスカァ…」

た、助かった…

いきなり来て状況をわかっていないアスカは多分、ただ二人の気を逸らす為に僕らに向かってスプレーをしたんだろうけど、おかげで僕の汗のニオイはだいぶ誤魔化されたはずだ。

「ファーストが全速力で走ってるのをたまたま見かけたから追いかけてきたのよ!もしやと思ったら…。ったく、あんたは性懲りもなく変態共に襲われて…!」

ホッとして涙が滲んだ。

今夜はアスカの好きなものを作ってあげよう。

「………」

邪魔に入ったアスカには何も言わず、ただ絶望的に残念そうな顔をするカヲル君の横で、綾波が僕の手を放して、おもむろに取り出したハンカチで手を拭うのが見えた。

そういえば綾波が掴んでいた僕の手首も汗でベトベトだったはず。
別に僕がそうしてほしくてそうなったわけじゃないけど、綾波の手を汚してしまったみたいだ。悪い気がするし、洗って返そう…

「綾な」
「リリス。そのハンカチ…」

立ち上がって手を差し出そうとすると、僕より先にカヲル君が手を出した。

綾波はハンカチをポケットにしまいながら、カヲル君を無表情で見返した。

「これは私のハンカチ。碇君の体液が染み込んだ私のハンカチ。」

…あ…綾、波…?…な、何言ってるの?

「ソレ、譲ってくれないか」
「ダメ。家で使うから」

何に?

…そう思った瞬間、カヲル君と綾波の間に強力なATフィールドが現れてぶつかり合った。

その風圧で僕とアスカは後ろに吹っ飛ばされそうになったけど、とっさに足を踏ん張って耐える。

「ふ、二人ともこんなとこでATフィールドを展開しないでよ―――っ!!」
「ああもう、変態共と関わるとロクなことがないわっ!!!」




おわっとこう。

+++

今回もカヲル君が変態カーニバルですいませんでした…。あとレイたんも…。

09.11.15
 

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