Short

□はじまり
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※現代パロ




教室内が橙色に染まる。

本来なら誰もいない、人気のなくなったそこで僕は一人机に向かっていた。

今日僕は日直だったので日誌を書いているのだ。本当ならもっと早く終わっていて良いはずなんだけど、もう一人の日直が仕事を放り出して帰ってしまったから、今まで仕方なく一人で日直の仕事をしていたのだ。

でも、あとはこれを書いて提出すれば終わり。




お腹すいたな…今夜の晩ご飯何かな…




「碇、シンジ君?」




ふと、聞き慣れない声に、でも聞いた事はある声に名前を呼ばれて顔を上げる。

「え…?」

辺りを見回してみると、廊下に見た事がある人が立っていた。

異常なまでに白い肌に、銀色の髪と、真っ赤な瞳。その上美形。…アルビノ、というのか、とにかくこの珍しい外見は一度見たら絶対に忘れられない姿だ。

名前は、渚カヲル。

この人は学校の生徒会長をしていて、朝礼やら行事やらで何かと全校生徒の前で挨拶をするので、この学校でこの人を知らない人間はまずいないだろう。(女子の間では彼のファンクラブまであるし)

その生徒会長が廊下から少し驚いた顔で僕を見ている。しかも今、何故か僕の名前を呼んだ。何で僕の名前を知ってるんだろう?こっちこそ驚きだ。

「ぁ…はい」

…とりあえず僕は返事をする。

「やぁ、何してるの」

生徒会長はニコ、と笑って教室に入ってきた。

「に、日直の仕事を…」

そして僕の前の席の子の椅子を僕の机側に向けて座る。

な、何で?

何か僕に用なの?

っていうか話した事、全然ないのに何でこんなに親しげなんだろう。一つ年上だからタメ口なのはいいとして…。まるで今までずっと友だちであったかのようなこの態度は、何?

「ああ、日誌を書いてるんだね。…もう一人の日直はどうしたの?」

人見知りは激しい方ではないし何度も見た事がある人だけど、それでも僕は初めて話すこの人に、ひたすら緊張した。

「か、か、帰っちゃって、だから僕が一人で…」
「仕事を押し付けられてしまったのかい?…それは大変だったね、シンジ君」

シ、シンジ君?

…さっきから思ってたけど生徒会長は何で僕の名前を知ってるんだろう?しかも下の名前で呼んでるし…

「あ、の…生徒会長は何で僕の名前を知ってるんですか」

僕から質問すると、生徒会長は嬉しそうに微笑んだ。

同じ男の僕が思わずドキリとするくらい綺麗な笑顔だ。

流石、ファンクラブまで作られてしまうような人物は違う。

「シンジ君はこの間の学園祭でチェロを弾いていたね?…とても素敵な音色だったよ」
「あ、ありがとうございます…」

そういえば僕は学園祭でチェロを弾いた。…5歳から始めた割にはほとんど上達しないけど。

ああ、それでたまたま僕を見かけて名前を知ったのか。

でも、生徒会長はその事については触れなかった。

「僕も楽器はピアノとヴァイオリンを弾くんだ。今度君のチェロと合わせてみないか?」
「え…あ、はい」

は?…な、何だいきなり。

と思ったけど驚きのあまり反射的に返事してしまった。

「ありがとう。優しいんだねシンジ君」

だ、だから何なんだこの人!?

「あ、いや、別に…」

優しい、なんて言われたのがくすぐったくて僕はノロノロとうつむいた。

ところでこの人、本当に、何か僕に用なんだろうか。

「あの…生徒会長は」
「ところでシンジ君は僕の名前を知ってる?」

話を挫かれた…。

生徒会長は結構強引らしい。

「勿論知ってますよ、渚先輩でしょう。この学校で知らない人なんていませんよ」
「渚先輩、か。…ねぇシンジ君、下の名前も知ってる?」

「カ…カヲル、先輩」

何で下の名前でまで呼ばせるんだ…。恥ずかしいな…

「ふふ、嬉しいな。シンジ君が僕の名前を知ってるなんて」

だから知らない人なんていないって言ってるのに…。

生徒会長はニコニコと上機嫌だ。…この人は初対面の人相手に誰にでもこうなんだろうか。

「せ、生徒会ちょ」
「カヲルでいいよシンジ君」

カヲルでいいよって言われても…。………………断れないし…仕方ないなぁ…

でも先輩相手に流石に呼び捨てはダメだろうと、僕はカヲル先輩と呼ぶ事にする。

「じゃ、じゃあカヲル先輩…」
「何だい?」

「あのぅ…それで…僕に何か…用ですか?」

ようやく本題に入れた。

たまたま通りかかって立ち寄った教室で、話した事もない僕と用もないのにこんなに長々話をするわけがない。

きっと何か別に用があるんだ。

「シンジ君」

するとカヲル先輩は笑顔のまま、あまりにも予想外な事を聞いてきた。

「今好きな子とかいるの?」
「…は…?」

好きな子って…何言ってるんだこの人

「好きな子だよ。見ているだけでドキドキしたり、」

何で僕にそんな事聞くんだ?まさか恋愛相談か何かじゃないだろうな…。だとしたら人選ミスもいいとこだ。僕は初恋だってまだなんだから。

「キスしたくなったり…」

カヲル先輩は話を続けながら突然、ペンを握っていない僕の手を取って指を絡めてきた。

「こうして…手をつなぎたくなったり」
「え、え、え…っ?」

ななな何で指絡めてるのこの人?!

「そういう子、いないの?」
「い、いないですっ」

突然手を握って来たカヲル先輩に驚きが隠せなかったけど、何故か振り解く事はできなかった。

「僕はね、君とそうなりたいと思っているんだ」

………………………え?

「え?」

今、この人は何て言った?

な、何かとてつもない爆弾を落とさなかったか?

「君を遠くから毎日見ていたんだよ。そして、触れてみたい、話してみたいとずっと思っていた」

カヲル先輩はまっすぐ僕を見ていた。

思わず、動けなくなった。

「君がね、この学校に入学した時からだよ。…入学式の日、一目見て、君に心を奪われた」

な…何かの間違いだよ、ね。まるで今僕はカヲル先輩から告白されてるみたいだけど、何かの間違いだよね。

「あ…えっ…と、だから、あの、つまり…と、友だちになりたいって事ですか?」

遠回しに助けを求めてみる。

「君が好きだよ、シンジ君」

でもカヲル先輩はただそう言って顔を近付けてきた。スローモーションに見えた。

そして信じられない事に、カヲル先輩の唇が、僕の唇に触れた。

体が竦んだ。

「勿論、恋愛の対象としてね」

少しだけ唇を離してカヲル先輩は言った。息が唇にかかってくすぐったい。

そんな事を思っていたらまたされた。

僕は動けなかった。

カヲル先輩の長い睫、銀色の睫が見える。

瞼がゆっくり開いて、赤い瞳と目が合う。

僕は動けなかった。

「………………」
「………………」

何分くらいそうしていたのか、僕にはとても長い時間に感じられたけど、笑顔のカヲル先輩と見つめ合った。



















「返事はまた今度聞くよ。…またね、シンジ君」

僕は結局何も言えなかった。

カヲル先輩が、ここに入ってきた時と変わらぬ様子で教室から出て行く背中を、呆然と眺める事しかできなかった。




「…あ…日誌…」

しばらくカヲル先輩がいた場所を見ていた。頭が混乱していた。…そしてふと今まで日誌を書いていた事を思い出す。

あとは名前を書くだけだった。

『碇 シンジ』

字が震えていた。

シンジ、と頭の中で自分の名前を言うだけでカヲル先輩が僕を呼んでるみたいな気がした。









シンジ君

シンジ君好きだよ








「………………っ。」

不思議な事に今突然、自覚した。僕は、告白されて、キスをされたのだと。男に。生徒会長の渚カヲルに。




「………うそ…」




呟きが漏れた唇に指を這わせると、そこはとても熱かった。




碇シンジ。

初めて人から好きだと言われた14歳、秋の放課後。









END...

09.03.13
 

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