Short
□進路希望*
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※悪の組織のトップの孫カヲル君×奴隷シンジ君
不特定多数×シンジ君表現有り
9月13日は僕の誕生日だ。
裕福な環境に生まれた僕のところへは毎年、朝起きると決して狭くない部屋中がプレゼントに埋めつくされている。
『渚カヲル様』
チラとプレゼントの宛名を見て、すぐに着替えに視線を移した。
小さい頃こそ無邪気に喜んでいたものの、こう毎年毎年だとそれも当たり前になってしまって、贅沢な事だとは思うけれど特別何の感動も起こらなくなってしまった。…まぁ、このプレゼントの意味が僕への厚意ではなく祖父へのご機嫌取りだという事に気付いた、という事もある。…それにいずれ僕が会社を継ぐ事を見据えての胡麻擂りだという事にも。
そんな僕も今年で15歳。
最近いろいろと嫌な現実を教え込まれたり知ったりが多い。例えば祖父が営む会社が犯罪組織だとか。
人を騙したり陥れたり、命を奪ったりが当たり前なアンダーワールド。
一つ年をとれば僕がこの会社を継ぐその時もまた近くなる。これ程憂鬱な事が他にあるだろうか。
こんな生まれで意外かもしれないが僕は悪は憎むべきだと考えているし悪に染まりたいとは決して思わない。…が、こんな生まれだからか家を継ぐその時が来たら染まらなければならないのだとも覚悟はしている。
家を出る選択もあるが僕はそうしようとは思わない。恐らくこの家に生まれ落ちた瞬間から僕は『こちら側の人間』であり、抜け出そうなんて無理な話なのだ。
例えば単純な話、外に出れば命を狙われる。
小さな頃からそれは現在進行形で、「家族とは縁を切りました。だから僕は組織とは関係ありません」と言ったところではいそうですかと話が通じるわけがない。命を狙われない普通の生活だなんて僕にとっては御伽噺の世界だ。
…つまり僕がこの人生を終えない限り、あくまで僕は『こちら側の人間』。
「カヲル、出かけるから支度をしなさい」
朝食をとっていると不意に祖父が珍しい提案をしてきた。
「今日はお前に何でも好きな物を買ってやろう」
こんな事を言われるのは初めてだった。僕は内心かなり驚きながらハイと返事をしてナイフとフォークを揃えて置く。
そもそも僕は月々大きな額でお小遣いを貰っているので自分で欲しいと思った物が買えなかった事などない。…だからわざわざ『何でも好きな物を』なんて必要ない事だった。
しかし、祖父と出かけた先でその言葉の意味を理解した。出かけた先では僕のお小遣いでは到底買えないような額の商品が次々と…"出品"されていた。
広い会場内は人が所狭しとギッチリ詰まっていて、時々知っている顔も見かける。その誰もが上流階級と呼ばれる面々で、ここではそういった人間たちでしか買えない商品ばかりが出てくる。
『お次の商品はこれだー!!』
真っ暗なステージに眩しい程のスポットライトがあたる。
大きな檻の中に輸入禁止の動物が入っていて、ガタガタと檻を揺らしては周りを威嚇している。
「どうだ、ペットは欲しくないか」
祖父が笑いかけてくるも、僕は頭を横に振って応えた。
「部屋が寂しいんじゃないか」
言われてステージを見ればいつの間にか商品はどこかで盗まれて行方不明になっていた国宝級の美術品になっている。
「あれは本物ですか」
「勿論レプリカなどではない、本物だ。…でなければこんなところに来る意味がない」
ああ、と僕は気付く。
噂で聞いた事はあった。都市伝説のような存在だと思っていたのだが。
会場のあちこちから声が上がる。声は金額を叫び、後になればなる程額は大きくなる。所謂、オークションだ。しかしここは勿論普通のオークション会場ではない。
恐らく闇のオークション会場。
表の世界で"違法"扱いの商品ばかりを高額で売りさばく裏のオークション。
売るのも犯罪だが買うのも犯罪だ。
「…。」
僕は眉を寄せた。
仕事であるなら仕方がない。だが、好き好んで犯罪を犯す気にはならない。祖父には悪いがこんなところで気軽に買い物なんてする気にはなれない。
しかし祖父からのせっかくの厚意は無碍にできない。せめて最後まで出品されるものを見ていこう。
僕は席を立ちたいのをこらえてステージをぼんやり見つめた。
人工的に無理矢理作られたおかしな生き物、とてつもなく大きなダイヤ、呪われているという曰く付きの短剣。次々と出品されては落札されていく商品たち。
いつになったら終わるのかと退屈すぎてため息を吐いたところで、突然張り上げられた司会者の大声に少し驚いてしまった。
『さぁて皆様お待ちかね!本日の目玉商品の登場です!!』
一瞬暗くなる会場。スポットライトがステージをパッと照らす。会場中からオオッと声が上がった。
「え…っ」
そこで僕は一人、戸惑いの声を上げた。
何故ならステージに、場違いな子どもが震えながら立っていたからだ。
子どもの年齢は僕と同じくらいだろうか。フリルが沢山付いた、肌が透けて見えるネグリジェのような服を着せられている。…と言っても透けているので裸同然、あまり服の意味は成していない。
中性的な顔付きだが男性器にレースの付いたピンク色のリボンを結び付けられているのが目に入り、自分と同じ男だと気付く。
少年は今にも泣き出しそうで、ワンピースの裾を握り締めガクガクと震えている。
その、少年の首には鉄でできた鎖付きの首輪がはめられていて、鎖は司会者が握り締めていた。
「…あの…まさかあの子」
愕然としつつ隣の祖父に目をやれば
「ああ、あの子も商品だ」
何の事もないという風に返ってきた。
「気に入ったのか?」
気に入った、とか、そういう問題ではない。人が。あんな、僕と変わらない年の子が。あんな格好をさせられてあんな鎖で繋がれて泣きそうで震えてあんなあんなあんな、
「買うか?早くしないと落札されてしまうぞ」
ハッとして辺りを見回せばどんどん手は上がって金額が上乗せされていく。僕は祖父に、
***
ビクビクしながら少年は僕に頭を下げる。
「い…碇シンジ…です…よろしくお願い…します」
僕は祖父にシンジ君を落札してもらった。どうしても、見過ごせなかった。嫌悪感で胸がムカムカした。
家に連れて帰り、入浴をさせて普通の服に着替えさせた。シンジ君は居心地悪そうにもじもじしていて、あまり目を合わせようとしない。
怖いのだろう。当たり前だ。
あんなところで売りに出され、危うく奴隷にされかけたのだ。…勿論僕はそんな事はしない。
「シンジ君は今日から僕の弟だよ。仲良くしようね」
兄弟として、新しい家族として接する。
優しく笑いかければ、シンジ君はおずおずと頷いた。
時間はかかるかもしれないが素直そうな子だ、きっとうまくやっていけるだろう。過去はあちらから話すまでは聞かないようにして、ゆっくりでいいから、これから良い関係を築いていけるよう努めよう。そう思って数十分後、まず僕は驚愕する。
いきなり広いテーブルで、しかも使用人たちに囲まれての食事など落ち着かないだろうと思い、夕食は僕の部屋で二人きりでとろうと運ばせたのだが、シンジ君はテーブルに置かれた皿を突然床に置いたと思うと、犬のように這いつくばって食べ始めたのだ。当たり前のように。
「な、何、してるんだい」
あまりの事態に驚きを隠せないが、刺激しないように笑顔を作る。
「え…餌…じゃなくてしょ、食事、を…、あ…ごめん…なさい僕、あの」
シンジ君は僕が何故質問してきたのかわかっていないようだった。胸がジワリと痛む。
とりあえず僕は、テーブルで食事をとるようにやんわり頼んだ。…するとシンジ君は戸惑いながらも椅子に座ってくれた。僕の機嫌を損ねたのではと、震えながら様子をうかがってくるので、美味しいよ、と笑顔で、さりげなく食事を促した。
シンジ君はぎこちなくナイフとフォークを握ったが、テーブルマナーは全く悪くなく、むしろきちんと教育を受けていたかのように終始行儀良く食事を終えた。
次の日から僕はシンジ君に勉強を教えたり、音楽を習わせたりしてみた。シンジ君は…予想はしていたが、学校に行っていなかった。小学校低学年までは通っていたようなのだが。
ちなみに誘拐や暗殺の恐れがあり僕も学校には行っていないが、代わりに家庭教師がいるし、家庭教師がいなくても自分で勉強をすすめられるので問題はない。
シンジ君は僕に初めてできた友だちのような存在だった。(家の関係で同じ年くらいの知り合いは腐る程いるが友だちとは到底呼べない)
シンジ君も段々、段々と警戒を解いてきてやがて少しずつ笑顔を見せてくれるようになった。…けれど同時に、何か焦りのようなものも見せるようになってきた。
その正体はすぐにわかった。
ある夜の事だ。
同じベッドに潜り、おやすみと隣のシンジ君に言えば、しかしシンジ君から返事は返ってこない。
どうしたのかと見やれば、シンジ君はおもむろにシーツの中に潜り込み―…
「シンジ君ッ?!」
僕はシーツを捲り上げて、ズボンを少し下ろし僕自身を口に含むシンジ君の頭に手をやって押しのける。
「突然、何を…」
シンジ君は僕に拒絶されたと思ったようで途端にガタガタと震えだした。
「あ…ごめ…なさ…っ、」
その瞳からは涙がボロボロと溢れ、シーツに落ちる。
「僕、カヲル君が、大好き、だから、気持ち良くなってもらおうと思っ、て」
好き、という言葉は僕の心を紛れもなく嬉しいという感情でいっぱいにしてくれたが、シンジ君がとった行動に戸惑い、何と言って良いかわからない。シンジ君は何も言わない僕にますます焦っていく。
「ぼ、僕何でもできます…命令されたら、何でもします…何なら、カヲル君の友だちいっぱい呼んでくれても大丈…」
言い切らない内に僕はシンジ君を抱きしめた。頭を撫でて、とりあえず落ち着かせる。
「シンジ君、僕もシンジ君が大好きだよ。」
シンジ君は僕の腕の中で泣きじゃくりながら弱々しく捨てないで、と言った。
「身の安全と引き換えに抱かれようとなんてしなくて良いんだ。僕はそんな事無しにシンジ君が好きだし、シンジ君と離れ離れになる気もない」
僕は言いながらシンジ君を撫でて、撫でて。そうしてしばらくして、落ち着かせようとしているのはむしろ自分自身かもしれないと思った。
「でも僕、には、こういう事、くらいしかできな」
「僕はそんな事をさせたくて君をあそこから連れ出したわけじゃないよ」
今まで経験がなかった為気付くのが遅れたが、僕は今間違いなく猛烈に怒っている。シンジ君にではない。シンジ君をこんな風にした相手に、だ。
「…最初は同情だったかもしれない。けど今はただ、シンジ君に笑っていてほしいんだ。…僕の隣で」
翌朝僕はシンジ君が起きる前に祖父のところへ行って"シンジ君の今まで"の情報を強請った。祖父は勿論、いかなる理由であれ懐に新しい人間を入れる際にその人間の情報収集をしないわけがない。
シンジ君には今まで何人も"飼い主"がいた。オークションで買う際、人間の場合は数ヶ月期間という単位で買うのだそうだ。ちなみに祖父はご丁寧に一生分を買い取ってくれた。
驚いた事に、もともとシンジ君は僕と同じような家庭環境で生まれたらしい。しかし五年前、父親がある仕事でしくじってしまい会社は倒産、家庭崩壊、幼いシンジ君は早速誘拐され闇オークションに売り飛ばされ、いろんな飼い主からとっかえひっかえ酷い仕打ちを受けて育ったのだという。
そうか、シンジ君も『こちら側の人間』だったのだ。やはりこちら側の人間というのは生まれ落ちた瞬間から逃げられない運命を背負わなければならないらしい。
ならば、と。
僕は早く大人になり、会社を継ぎたいとこの瞬間初めて思った。
力を手に入れたらまずシンジ君の飼い主だった奴らを消そう。社会からではない、この世からだ。でもすぐにじゃない。ジワジワと追い詰めて限界まで苦しめて、死にたいと思わせてやろう。
祖父には頼まない。
自分の手でやると決めたのだから。
おわり
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アンダーワールドへようこそ!
10.10.04