小説

□嗚呼、愛しの竜崎先生
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コツコツ、とチョークで難解な化学式を黒板に書く猫背の教師。
目の下にくっきりとある隈。
生徒たちの間では、彼のトレードマークと呼ばれていた。

書き終わると同時に、猫背の教師…竜崎は後ろを見ずにチョークを投げた。
騒がしかった教室が一瞬に静かになり、チョークを投げた先から「痛ッ」と声が上がる。
竜崎は普段の無表情な顔で、しかし少し眉間にシワを寄せた。
勿論、生徒たちに背を向け黒板を見つめたまま。

「私の授業で寝るなんて、成績に赤点が欲しいようですね」

チョークを当てられた生徒は唖然としていたがハッと自分の立場に気付いたのか、「すみません…」と素直に謝る。
そこでゆっくりと、竜崎は生徒たちに向き直る。
彼の目は漆黒で、見つめ惚ける生徒たちは少なくはない。
しかしすぐにプイッと、何事も無かったかのように白衣を翻し再び黒板に向かいチョークを走らせる竜崎先生。
クスクスと周りから声を押し殺した笑い声が漏れる。

「竜崎センセー、最高ー」
「どうも」
「結婚してよ、竜崎先生ぇ」
「はいはい。戯れ事を言う暇があったらこの式を解きなさい」

褒めているのかからかっているのかわからない生徒たちをあしらっていると、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。

「はい、今日はここまで。宿題として黒板に書いてある式をノートに書いて明日提出しなさい」

「エーッ」「マジかよ」「最悪〜」生徒たちの悲痛な声を無視して、竜崎は教室から出ていこうとする。
あ、と何かを思い出したように立ち止まり振り向く。

「次の授業は実験室で行います。忘れないでくださいね」

そう言い残し、竜崎は教室から出て行った。


「竜崎先生…可愛い…」

そんな竜崎をずっと見つめ、一人呟く者がいた。
誰にも気付かれず、口端を吊り上げ不気味な笑みで授業中竜崎だけを見つめていた…夜神月。

「なあ月〜、さっきの問題できた?」
「ノート写させて」

授業が終わった途端、月の机の周りにはクラスメートたちが集まる。

「ああ、いいよ」

笑顔でノートを見せる月の表情からは、先程の不気味な笑みは消えていた。

「それにしても竜崎センセ、凄かったよな」
「チョーク投げるとか神業だよな」
「肌も白いし…キス痕とか派手に残せそうだよな」
「女みたいだよな」
「先生可愛いし、そのうち誰かに喰われるかもな」

冗談雑じりに談笑する生徒たちの中で、月だけが表情を曇らせていた。
眉間にシワを寄せ、先程竜崎先生が出て行った教室の扉を見つめた。
奥歯を噛み締め、誰にもきこえないような声でぼそぼそと呟いた。

「先生が…喰われる…」



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