□初めて全て
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 2年の部員数人でカラオケへとやって来た。
 1時間だけの予定なので珍しく進も参加している。勿論進は歌いはしない。
 だがCDデビューを果たした桜庭は当然持ち歌の歌唱を皆に期待される。
 ファンの前では平気でも友人達の前では恥ずかしさもあるが、それなりに堂々と歌いきる。
 歌い出しこそその美声を褒めていたメンバーも、歌が終わる頃には皆渋い顔をしていた。

「………音楽のことはよく分からないけど…桜庭はたぶん音程で勝負するタイプじゃないんだよ…」
「………声かな…声は…いや声が良いと思うよ…」
 大田原に対して決して馬鹿とは言わない王城生は桜庭に対しても音痴とは言わないようだ。
 だが進は違うだろう。その口から嘘やお世辞等が出ることなど無いと、この場に居る誰もが思っている。
 なので次の進の言葉に、桜庭を含む全員が耳を疑った。

「………桜庭は歌が上手いな…」

『えええええぇ!?』

 一瞬、進の感覚が一般とずれているのかと思ったが、泳いだ目から察するとその言葉は本心ではなさそうだ。
「信じられない…」
「進がお世辞言うなんて…」
「ここまで強烈になんと言うか…個性的な歌だといくら進でも本当のことは言えないのかな」
「みんなさらっと俺に対して失礼なこと言ってない…?」
「うむ…初めてお世辞を言ってみたが、こうも簡単に見抜かれてはお世辞の意味がない。
 まだまだ修行が足りん」
「やっぱりお世辞なんだ…」

 失礼な言葉にも桜庭がさして落ち込まないのは音痴を自覚しているからだけでは無かった。


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