めいこい

□動キ出ス歯車
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『はぁ…はぐれた』

現在僕がいる場所は鹿鳴館
今日はここで舞踏会が行われている
僕と春草は鴎外さんに半ば無理やり連れてこられた
正装はきらいなんだけど、こういう場所ではきちんとしてないと鴎外さんの面子が潰れてしまうので我慢することにしてる
けど、今の時点で僕一人になってるから帰ってもいいんだけど

(なんとなく帰っちゃいけない気がして…)

今日は満月
僕がこの世界に来て丁度3年目の満月だ
あの時に比べて丸くなったなと自分でも痛感する
そんな風に物思いに耽っていると、ふと視界の端に見慣れないものが見えた
いや違う。見慣れないものなんかじゃない…長くこの世界にいて感覚が鈍っていただけだ
紺色に金のラインが映えるブレザーに白いワイシャツ、赤いリボン
そしてこの時代ではまずないスカートの短さ。あの赤いチェック柄のスカートには馴染みがあった
僕が少し前まで通っていた高校の女子の制服

(それより、あの子はどうやってここに…)

今で言う高級ホテルのようなここ鹿鳴館
そんなところに何故あのような少女が紛れているのだろうか
後ろ姿しか見えないからわからないけれど、おそらく表情はこわばっているはず

(声かけて、すぐに外に出してあげなきゃ…)

そう思い、歩みを進めるが少女の隣で話す男の姿を見て硬直してしまう

『あれは…』

白髪の糸目で顔に朱の模様
そしてやたら奇妙な燕尾服をきた男
あいつも見覚えがある。というか多分この場において僕しか見えないはずだ

『…!!ということはあの子は…!!』

茶色がかった黒の髪に、金色の瞳
間違いない、あれは芽衣だ
そしてあの男は芽衣が携帯に付けている狐の付け根の九十九神
芽衣はそのことを知らないだろうけど、この世界に来て物の怪というモノを知った僕はアレが他の者には見えないのだと理解した

(いや、その前に何故芽衣がこの時代にいるのか考えるのが先だ)

僕のように自分を見失わない限りはこっちの世界には引き摺り込まれない筈だ
芽衣は現代でそこそこ上手くやっていた筈だけど…

『…!!!』

そんな時、芽衣に人間の男が声をかけた
ダンスに誘うとかそういうものではない。何故なら彼はーーー…

『ちょっとタイミング悪すぎでしょ…五郎さん…』

サーベルを抱えた長身長髪の男
名を藤田五郎。又の名を斎藤一…新選組3番組組長を勤めていた奴だ
その事は今ここにいる奴らで知っているのは僕ぐらいなものだ
彼は芽衣に尋問を繰り返していた。そりゃ当たり前だ
何せ今の彼女の格好はこの時代では破廉恥とみなされるのだから

『とにかく止めないと…』

急いで二人の所まで駆け寄る
丁度芽衣は五郎さんに連れて行かれそうな所だった
僕はその芽衣の腕を掴む五郎さんの手を止める

『彼女に手は出さないで。五郎さん』

「え…」

「…恭か。何のようだ」

五郎さんは僕を睨みつけて、問う
問うと言うよりは邪魔するなと言っているようにも聞こえる
それでも僕は後には引けなかった
大事な幼馴染を目の前にして、放っておけるわけがない

『芽衣は僕の親戚。だからその手、離して』

「なら何故このような場所にいる。こやつは招待状なぞ持っていなかったぞ」

『それは僕が勝手に呼んだから。ここの主催者には話は通してあったはずなんだけど。それと彼女は留学期間が長くてまだ向こうの習慣が抜けてないんだ』

だからあまりせめないでと僕は必死に諭す
五郎さんは僕らを交互に見た後、勝手にしろと去って行った
確実に彼はまだ怪しんでいる
ひとまずここから抜け出さないといけない

『芽衣、大丈夫だった?怪我とかしてない?』

しゃがんで彼女と同じ目線になり、顔を覗き込めば芽衣はとても驚いた顔をしていた
何か驚かせるような事をしただろうか

「っ…恭……お兄さん…?」

『?うん』

「な、なんで此処に…ってあれ?なんで私、この人の事だけ覚えて…え、え…?」

『め、芽衣…?』

目の前の彼女はひどく困惑していて、それでいて今にも泣きだしそうだった
この状態じゃ、まともに話すことは出来ないだろうと判断した僕は立ち上がり、彼女を抱きしめる
大丈夫だよと言い聞かせながら背中を撫でる

「恭、こんなところに居たのかい」

『鴎外さん』

すぐそばには鴎外さんと、早く帰りたいというような顔をする春草
鴎外さんは僕の腕の中に居る芽衣をチラリと見つめた後、にこりと笑った

「もう長居する事もあるまい。そろそろ帰ろうと春草と話していたのだよ」

『あ、はい。分かりました……あの』

「なんだい?」

『すみませんが彼女を匿ってくれませんか。一日だけでも良いですから』

僕がこんな事を言うのは珍しかっただろう
案の定鴎外さんは少し目を見開いた。けれどそれも一瞬の事だった

「あぁいいだろう。珍しいお前からの我儘だ。しかし、お前もやるではないか」

『は?』

「まさかこんな可愛らしいご令嬢が相手だとは思わなかったよ。家に帰ったら盛大に祝ってやろうではないか」

『え、ちょっ!?違いますよ!?この子とは別にそういうんじゃっ』

あらぬ誤解を受けたまま、結局家路についてしまった
馬車の中では芽衣はずっと無言で、僕の服を握って震えを紛らわせていた
そりゃそうだ。ただでさえここが何処だかいまいち分かっていないのに、さらに今度は馬車にのって何処かに行こうとしている
さぞかし不安だろう

『大丈夫だよ…だから、ね?』

芽衣はこくこくと頷く
見ない間に随分きれいになったと場違いな事を思ってしまった自分をとても殴りたい
ガタンッと馬車が止まる。家に着いたようだ
僕は先に馬車を出て、芽衣に手を差し出す

「あ、ありがとう…ございます」

『いいえ。足元暗いから気を付けて』

馬車を下りれば見えてくる森鴎外の屋敷
明治のこの時代にしては珍しい立派で豪華な洋館
僕も初めて見た時は驚き、足を踏み入れるのには躊躇したものだ
安心させるように彼女の手をぎゅっと握る。そうすると少しだけ握り返してくれた

「おーいフミさん、帰ったよ」

鴎外さんは家に入るなり、そう呼びかけた
春草もその後に付いて行く

『只今戻りました。フミさん』

「はい。恭さんもお帰りなさい。あら、そちらの御嬢さんは…」

「彼女は恭の友人だ。すまないが茶を用意してくれ」

芽衣を見てフミさんは眉をひそめたけれど、鴎外さんの言葉を聞き入れるとそのまま台所へと消えて行った
まあ、不振がるのも無理はないだろうとは思う
彼女の服装は、この時代ではまったくと言っていいほど見慣れない物なのだから

僕らはサンルームの一人がけソファに腰を下ろす。丁度タイミングよくフミさんがお茶を運んできてくれた
鴎外さんは「さて」と、話をし始めた

「お前の名前は?」

まあ、初めはそう聞くのが当たり前だろう
けれど鴎外さんが前のめりになっているので、芽衣は少なからず恐縮している様子だった

「綾月芽衣、です」

「綾月。この界隈では聞かない姓だ。出身はどこなのだろう?会津かい?」

「たぶん……東京だと思うんですけど」

こうやって言葉を濁すのは仕方がないことだ
彼女の東京とここの東京はまるで違う
賢明な判断かな…とおもっていたのだが

「私もよく、わからないんです」

その言葉に引っ掛かりを覚えた
よくわからない。芽衣は基本的に思ってる事は素直に言う子のはずだ
それなのにわからないと来た。さらには

「気づいたら日比谷公園にいて、自分の家が思い出せなくて……」

『なっ…』

さすがにこれには耳を疑った
まさか、まさか…

(記憶…喪失)

彼女の話を聞いた限りはその単語しか出てこなかった
タイムスリップした反動で、記憶が抜け落ちたのだろうか
だが僕はそんな事は無かった。では何故
頭の中での自問自答が進んでいる間、同時に彼らの会話も進んでいた

「とにかく、だ。今夜はもう遅いからうちに泊まっていくといい」

「えっ!」

「自分の家が何処かもわからないなら、帰りようがないだろう?」

鴎外さんはにっこりと且つ有無を言わせないような笑みを湛えた
とりあえず彼女を野宿にさせずに済んだことにはホッとする
芽衣はまだ少しオロオロとしていたけど、鴎外さんも春草も異論はないとの結論だ





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