めいこい

□始マル物語ノ前ニ
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-始マル物語ノ前ニ-



「ちょっ、本当なんなんですかっ!!いい加減離して下さい…!!」

「ははっ、何を言う。せっかくなのだからゆっくりしたまえ」


つい先程、森鴎外は彼の屋敷の前で黒猫を口説いていた菱田春草を捕獲(?)していたのだった
無理やり屋敷の中に連れ込まれた春草は必死に抵抗するが、意外に鴎外も力が強い
本当にこの人どうしようとか、というか誰とかいろいろ頭に過ったが、一番彼が思う事

(とにかく帰して…!!)

と、その時
この場に似つかわしくない声音が聞こえてきた


『鴎外さん、おかえりなさい。随分はやかっ……あれ、お客さん…?』


サンルームから顔を出したのは若めの男性
少しばかり暗い藤色の髪で目は翡翠色
背は鴎外よりだいぶ高い。おおよそ190以上はあるはずだ
それになにより、この変な人より遥かに常識人だ
というのが、春草の第一印象である
春草は彼に助けを求めようと口を開いた…が、あるものに目が行き、その言葉は発することが出来なかった


「…!!?」

『ん?どうかした?』

「あ、あの…その腰に下げているモノは…」


春草が指差すものは若い男性の腰に吊り下げられた刀
このご時世、刀を持つことは禁止されていて、許されている者と言えば警察ぐらいだ
こんな豪勢な家に暮らしているのならば警察かもしれないという考えは出てくる
だが、若い男性には警察という言葉が嫌と言うほど似合わない物腰だった


『あぁ…これは家の形見だよ。人を殺すものに使う訳ではないから安心してよ』

「そうですか…」


春草はそれを聞いて、ホッと息をつく
少なくとも生きて帰れそうだ


『で、鴎外さん?』

「ん?なんだい?」

『彼、明らかに客人じゃないですよね?どうして連れてきたんですか?僕、言いましたよね?これ以上余計な事に他人を巻き込むな。と忘れたんですか?陸軍一等軍医なのに?頭いいのに?ねぇ、黙ってないで答えてくださいよ。出来れば簡潔かつ分かりやすく10字以上50字以内で』

「えっと…それはだね…」

「…………」


先ほどまで自分を無理やり屋敷に入れようとした人とは思えないくらい、彼は若い男性の前でたじろいでいる
春草は直感的に思った、彼を怒らせては後が怖いという事を






『ごめんね…結局説得できなくて…』

「いえ…」


あの後、どうにか春草を家に帰そうとしたのだが、鴎外は無理やり春草を引っ張り屋敷の中に居れてしまったのだ
今はサンルームでフミさんの入れた番茶をすすっている


『あ、そういえば自己紹介がまだだったね。…僕は赤城恭、24。ここの居候だよ』

「ご丁寧にどうも…俺は、菱田春草と言います。」

『へぇ…君が…』

「?あの…?」

『あぁ、いや、こっちの話だよ』


恭は何かを呟いたが、春草の耳には届かなかった
恭の説得空しく、結局春草は居候する事になってしまった

『ほんと…鴎外さんを止めるのは一苦労だ…菱田くん、嫌だったらホントに断って良いからね?』

「いえ…成り行きとはいえ、こんな立派な屋敷に住めるなら、存外悪くないかも。とも思ったので」

『君は前向きだね』

「そうでしないとこの先やっていけないと思ったので」

『それは懸命だ』

恭と春草は顔を見合わせ、苦笑した





恭自室


『今日は新月か…』


窓から外を見上げると、満天の星空
月が無いため、星たちが自分自身をさらけ出そうと必死に明るく輝いている
だけど今日の新月は少し気味が悪かった


『…何かが起きるのかな…』


僕が"この世界"に来てもう3年は経った
家族が心配してるかもなんて思ったこともあったけど、あの時の僕はかなり荒れてて親の信頼はとっくに無くしていた
いまではこの世界が僕にとっての本当の世界
それでいいし、それがいい


『……芽衣はどうしてるかな…』


大切な近所の骨董屋さんの家の長女
いわば少し年が離れた幼馴染
あの子はどこか抜けているから、とても心配でそれだけが気掛かりだった


『できれば幸せな事を…』


そろそろ寝ようとカーテンを閉める
部屋の中に何かがいる気配があったけど、それを無視して、ベッドへと潜り込んだ



少しだけ、月が紅く染まったように見えた…








続ク…

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